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あたし、死んだのかな。
前田ノゾミがそう思ったのは、どう考えてもこの状況は異様だったからだ。
彼女が歩いているのは、真っ暗な坂道。何も見えないが、感覚で「下り」だと分かる。服装は高校の夏服。だけど、今は冬のような寒さ。ミスマッチの極みだった。
ふと気が付いた時、彼女はここを歩いていた。
17年間の彼女の人生では、あまりにも論理が破たんしている夢を見て、「わかった、これは夢だ」と気づく瞬間があった。そして、すぐ目が覚める。でも今は、全く目が覚めない。だから、もしかして死んだのかもと思ったのだ。
そもそも、ここはどこだろう。
スクールバッグの中にスマホがある。今の場所を表示させてみよう。そう思って、ノゾミは立ち止まった。重みを感じる右手を見たが、それはいつものバッグではなかった。
――紙袋?
無味乾燥の茶色の袋。オシャレ系に属している自分が選ぶはずがない。中をのぞいてみると、お重のような箱が紐で結んであった。こんなものを買った記憶も、もらった記憶もない。
しかし、彼女が持っているのは、これだけだった。
その時。
進む先に灯りが見えた。何か考える前に、足が反応した。違和感や恐怖から逃れるように、その灯りを目指してダッシュした。走った。茶色のロングヘアをなびかせ、一目散に走った。
すぐに、灯りの正体が分かった。
赤ちょうちんだった。学校帰りにいつも寄る繁華街。その一本裏の路地によくあるような、いわゆる「オヤジの飲み屋」のような雰囲気。
木の看板には横書きで「ひらさか亭」とあった。
どうしようか一瞬考えたが、この状況を変えるには入るしかない。
ノゾミは、引き戸をガラガラと音を立てて開けた。
中は、小ぎれいな小料理屋風だった。
「いらっしゃいませ」
その声の主は、オヤジの飲み屋のママではなかった。
「なんで女の子」
ノゾミは思わずつぶやいた。
目の前にいるのは、桃色の着物に白い割烹着姿の美少女。歳は、ノゾミと同じくらいか。
ウェーブする長い黒髪は、「濡れ烏」の言葉が似つかわしかった。右脇で一つに結んでいるので、清潔感がある。
日本人形のような妖艶な雰囲気を漂わせる少女はニッコリ笑い、あっけらかんと言った。
「前田ノゾミさん、あなたは死にましたことよ」
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