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ノゾミは力が抜けるのを感じた。倒れそうになるのを、足に力を入れてこらえる。
「あたし、死んだ記憶ないよ」
「夢だってそうじゃありませんこと? 眠る瞬間、『今、眠りに落ちた』って思わないでしょ?お布団の上でゴロゴロしていて、気が付けば夢の世界にいませんこと?」
「だって、死ぬ理由が思いつかない。死にたかったワケじゃないし、病弱でもない。なんでいきなりここに……。あ、だからか」
ノゾミは、フラフラと客席に座りこんだ。
「何がですこと?」
「このお店、名前が『ひらさか亭』でしょ。あたしはずっと坂を下っていた。この坂、きっと『黄泉比良坂(よもつひらさか)』ね。あたし、黄泉の国へ行くんだ」
「あら、よくお分かりですこと」
少女は手をパチパチと叩いた。
「こうチャラそうに見えても、古典好きなのよ。いや、好きだった、か。でも、なんで黄泉の世界に割烹着なの。なんで『ひらさか亭』なの。ロマンが無い。せめて、あなたの名前がイザナミとかイザナギとか……」
「わたくしの名前は、泉。このお店の店主ですことよ」
「ここ、なんのお店?」
「『最期のごはん』をお出しするのです。黄泉の世界へ行く……死にゆく方に」
「メニュー見せて」
「どうぞ」
泉は、笑いながら古びた帳面のようなメニューを渡した。
定食やツマミ系かな。
そう思いながらメニューを開いたノゾミの目は、真ん丸になった。
まるでタブレットの画面のように、次々に料理の画像が遷移していく。
「なにこれ!」
「それは、あなたが生まれてから死ぬまでに食べた、すべての料理ですことよ。その中から、一つだけ選べますの。この世の最期に食べるご飯を」
「そ、それじゃあ……。あ、ダメだ。あたし、お財布持ってきてない」
「お金はいただきません」
「タダめしなんて、後味悪いよ」
「わたくしが欲しいものは、それ」
泉は、テーブルの上にノゾミが置いた紙袋を指さした。
「それを、わたくしにくだされば結構です」
「これ?」
ノゾミは紙袋の中を覗きこんだ。
「なんでこんなのを持っているのか、あたし分からないのよね」
「それは」
泉の瞳が、キラリと光った。
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