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「冥土の土産、です」
「アクション映画のクライマックスで、悪役が『冥土の土産に教えてやる』とか言っているアレ?」
「アレです」
「何よ。あたし、どんな死に方したの。何したのよ」
ノゾミは半ベソをかいた。
「良い内容のお土産もありますことよ。ほら、素人画家が最期に個展を開いて、『冥土の土産になった』とか」
「ここで注文しなければ、これを黄泉の国まで持っていけて、中身を見られるってこと?」
「はい。どうします?」
「……いいわ、あげる」
泉は紙袋を無造作に押し出した。
「死んだら終わりだもん。全てをすべてて、自由になるわ」
「ありがとうございます。では、ご注文は何を?」
「本当に、なんでも大丈夫なの?」
「不可能はございませんことよ」
ノゾミは、手の中のメニュー表を指で触った。
ものすごい速度で遷移していた画面が止まり、ある料理を写しだした。
「カツ丼ですの?」
泉は、目を丸くした。ずいぶん普通ですこと、と言いたげだ。ノゾミは、挑戦するかのようにニヤっと笑った。
「ただのカツ丼じゃないのよ。このカツ丼の写真はね、あたしが小学校一年生の時、お父さんが作ってくれたカツ丼だわ。これをお願い」
「かしこまりました」
泉は微笑むと、ノゾミの両頬を手で挟んだ。そして、黒真珠のような瞳で、ノゾミの薄茶の瞳をしばし見つめた。ノゾミは、その瞳に自分の記憶が吸い取られるような感覚を覚えた。
「……しばしお待ちを」
軽く一礼し、泉は厨房への戸を開け、消えた。
後に残されたノゾミは、足を組んで苦笑いした。
「最期になんで、あんなクソオヤジのカツ丼なんか」
ノゾミは父親が大嫌いだった。仕事人間で、家にまったく関わろうとしない。頭の中は「悪口」でできているのではないかと思うくらい、口を開けば文句しか言わない父。母が作る料理も、端から端まで文句を言っていく。そのあげく、
「作り直せ、食えたもんじゃない。コンビニで買ってきた方がまだマシだ。いや、いっそのこと買ってこい」
そんな大嫌いな父が作った料理なんて。なぜ、今。
ノゾミは天を仰いで目をつぶった。その時。
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