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2160年。徳富正太郎博士によって死後の世界の存在が証明されてから五十年が経っていた。
徳富博士は、自らを被験者とした己の命を省みない実験により、臨死体験装置を作り出した。そして、その装置を用いて数百人の人間の臨死体験とその時に何を感じたか、何も見、聞き、嗅ぎ、触れたかの聞き取り調査を行ったところ、被験者の80% 程度が同じ情景を見た、という結果が得られた。臨死体験を終え現世へ戻ると、ある程度の記憶の混濁が見られるが、半分の被験者が白い門と、その向こうに桜並木を見たと言ったのである。音、匂い、触感については記憶が残っている被験者が少なく、データが得られなかったが、その中で得られた意見は、類似のものが多かった。
一方、残りの20%の被験者は記憶の混濁が強く、聞き取りは困難を極めたが、調査を続け、思い出せることを根気よく聞き続けた結果、実はその被験者間で同じ情景を共有していたことが分かった。それは白い部屋に3つ扉がある、という。またその中で、硫黄のような匂いがしたという意見も40%ほど見られた。
さらには、白い門と桜並木を見た被験者の中には、その中で故人に会ったと言う者、同時に実験を行った別の被験者を見た、さらには会話したという者もいた。被験者間で会話したと語る二人の会話の内容は一致した。二人は、実験時に初対面であり、現実の二人の間にやり取りはなかったことは確認済みである。
この時集められた被験者は12歳以上の人種性別宗教言語までさまざまな人間を対象とした。また、実験前には、何が見えるかなどの情報を与えなかった。そのため、自らの脳が生み出した世界である可能性は低いと考えられる。
また、臨死体験中は心臓が停止していることを確認した。さらに、瞳孔が開いていることも確認した。
以上のことから、博士は、死後の世界が存在し、それは2種類あって、人は死ぬとそのどちらかに行く、と主張した。便宜上、桜並木の世界を天国、扉の世界を地獄と呼んだ。
仮とはいえ被験者を死亡させるなど倫理に反する研究だという批判もあったが、死後の世界が存在したならば問題ないという意見が広がっていき、徳富博士の研究は社会にも認められるようになった。彼の書いた本はベストセラーになり、講演会は超満員。数え切れないほどの賞を受賞した。
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