デルタ セッション

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「 ジュンヤさん 」 キナトの心配するような声に、 「 ごめん、待たせた?行こう 」 と何もなかったように促す。キナトに嘘はつきたくないからこの話はやっぱりここまで。 俺は振り返って真名彦の姿を確認したい気持ちを押さえ込んだ。 ハンニバルに帰り、借りたサックスの手入れをしてから元の部屋に戻す。ジュンヤのおじいさんが集めたと言う楽器の小さな部屋。 おもわず口ずさんだ 《 my favorite things 》 《 When the dog bites When the bee stings When I'm feeling sad I simply remember my favorite things And then I don't feel so bad.》 俺の一番好きな歌詞。 辛い時に思い出すの、好きなものを、 それは、真名彦の声、背中、掌、唇全てが好きなもの。 こんな風に愛してもらえるとは思っていなかった。 待っていて と言える幸せ。 ありがとう。 その言葉をこの部屋に残して俺は扉を閉めた。 打ち上げの終わりは、やはり子犬のように淋しそうな様子のキナトにハグをする。 「 ありがとう、キナト、君がいなかったらきっとセッションに参加してなかった 」 「 ジュンヤさん……」 どこに行くのか聞きたいのに我慢してるキナトのこめかみに長めのキスをする。 え!と驚いて俺を見つめるキナトに、 「 恋人が待ってるから、俺は行くよ 」 嘘はつきたくなかった。 こんなにメンバーと打ち解けられたのはキナトのお陰だよ。 ますます、泣きそうな顔をした背ばっかり高い子犬にサヨナラをして通りを渡る。 「 ドイツに、俺、、ドイツに行きますから!」 信号を渡った向こう側からでっかい声がする。 待ってるって言う?違うな。 「 頑張れよ!」 と俺も大きな声を上げると、キナトは手を振って来た道を走っていった。 祭りの準備に余念がない街の通りの先にファザートをつけた車が見える。 俺も走る。 抱きしめてよ、しっかりと。 俺の好きなものをいっぱい持ってる恋人に 届くように、足よ、急いで! 注釈 《 my favorite things より引用 作詞:オスカー ハマースタイン 2世 》
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