202人が本棚に入れています
本棚に追加
【0】
「まさかお前が、俺のところにくるとは思っていなかったよ」
高層階から薄くけむった都市の光景を眺めていた篠崎は、振り返った。
銀色に灰色、そして薄青色のミラーガラスが日光を反射して、安いおもちゃのようにきらめいている。
そのビル群の向こうに、空と同じ色をした海面が見える。四百年前から埋め立てられ、透明さを失った海だ。
だがそれは、鉄筋とガラスとコンクリの街並みに狭められながらも、そこに自然が存在することを忘れさせない。むしろ、どこまでも平坦な埋立地の上に造られたこのビルの街こそ、やがては消えてゆくジオラマのように思えた。
「それは俺もだね」
振り返った視線の先に、その男がいた。
茶色の革張りのソファにゆったりと身を預け、足を組むさまは、どちらが部屋の主かわからないような落ち着きぶりだった。
撫でつけた灰色の髪に、バランスのいい顔立ち。
自分のことは棚に上げ、さすがに老けたな、と篠崎は思うが、苦笑した表情も、その態度も、彼は若い頃と変わっていない。
「お前はもう、この世界には帰ってこないと思っていた」
秘書がコーヒーをテーブルに置いていったので、篠崎は窓際からソファに戻った。
「ああ、俺もだよ」
飄々と男は答える。
最初のコメントを投稿しよう!