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「まさかお前が、俺のところにくるとは思っていなかったよ」 高層階から薄くけむった都市の光景を眺めていた篠崎(しのざき)は、振り返った。 銀色に灰色、そして薄青色のミラーガラスが日光を反射して、安いおもちゃのようにきらめいている。 そのビル群の向こうに、空と同じ色をした海面が見える。四百年前から埋め立てられ、透明さを失った海だ。 だがそれは、鉄筋とガラスとコンクリの街並みに狭められながらも、そこに自然が存在することを忘れさせない。むしろ、どこまでも平坦な埋立地の上に造られたこのビルの街こそ、やがては消えてゆくジオラマのように思えた。 「それは俺もだね」 振り返った視線の先に、その男がいた。 茶色の革張りのソファにゆったりと身を預け、足を組むさまは、どちらが部屋の主かわからないような落ち着きぶりだった。 撫でつけた灰色の髪に、バランスのいい顔立ち。 自分のことは棚に上げ、さすがに老けたな、と篠崎は思うが、苦笑した表情も、その態度も、彼は若い頃と変わっていない。 「お前はもう、この世界には帰ってこないと思っていた」  秘書がコーヒーをテーブルに置いていったので、篠崎は窓際からソファに戻った。 「ああ、俺もだよ」 飄々と男は答える。
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