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篠崎は毒気を抜かれた。
「あれって何だ」
「うちに所属してる若いのがいてね」
「タレントか」
「どちらかというと役者だと思うね」
どっちでもいいだろう、と篠崎は思う。相変わらず偏屈な男だ。
しかし、あの事件によって芸能界から姿を消した大野が抱えているということは――
「……あの男より、才能があるのか」
「タイプが違うよ」
大野は笑った。困ったような、それでいてくすぐったそうな、顔。
幸福そうだ、と篠崎は思った。それが、腹立たしかった。
「物は言いようだな。タイプの問題か? あの男以上の役者なんてそうそういないだろ」
「ああ」
即答した。
篠崎の方が驚いた。この件を持ち出すのは自分でも意地が悪いと思ったくらいなのだが、それは大野に何らダメージを与えていなかった。そのことが、意外だった。
「あいつは完璧な伝説だ。だがそれは、もう新しいものを何も生み出せないということと等しい。それよりも、俺はこれから日本中があの坊主を見るのが楽しみなんだよ。もっとも、まだひよっこの本人に言う段階でもないが」
大野次郎がそこまで惚れ込んだのは、どんなやつなのか。
まぎれもない成功者でありながら一度すべてを捨てた男が、戻ってくる理由。
今さらか、と思いながらも、篠崎はどうしようもなく興味を惹かれた。
「――なんて名前だ、そいつは」
その瞬間、しまったと思った。
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