一日だけ、駆け落ち

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「好きだからだよ」  告げられた想いは現実味を帯びずに、ふわふわと心の中で揺れている。 「誰にもヒナの隣は譲りたくない」  泣かないでいようって思ってた。泣いたらアキラに縋りついてしまいそうで怖かった。でも目の前のアキラは泣きそうで、必死に私を見つめている瞳が縋りついているように見える。 「ヒナと離れるのに平気なわけないだろ」 「わ、私……自分だけが寂しいんだって思ってた」  本当は少し前から自分の気持ちに気づいていた。  心臓が五月蝿いくらいに暴れ出す。伝えるのは怖いけれど、きっと今を逃したらもう言えなくなる。 「私もアキラが好きだよ」  アキラに恋をしていた。誰にも彼の隣を渡したくなかった。 「……いなくならないで」  わがままだってわかってる。中学生の私たちには、どうすることもできなくて抗えないのだと頭では理解していた。それでも離れたくない。傍にいたい。私の世界にはいつも傍にアキラがいてくれた。置いていかないで。 「あのさ、ヒナ」 「……うん」 「いつかまた一緒にいられるようになったら、このマフラー返すから。だから、待ってて」  アキラには少し派手な赤のギンガムチェックのマフラーに指先を伸ばして、そっと撫でる。  駄々をこねても、私たちは今を受け入れることしかできない。  それならせめて、離れ離れになったときのための支えを作ろう。 「うん。待ってるね」  それは私とアキラにとっての誓いみたいなものだった。不確かな未来を信じて、私たちは見つめあう。  寒空の下、ほんの一瞬だけぎこちなく唇が触れ合い、幸せが心を満たしていった。  照れくさそうにアキラは目をそらして、再び私の手をとった。 「ヒナ、帰ろう」  雨みたいにぽたぽたと零れ落ちる涙を拭って、アキラと家路へと歩きはじめる。彼と見る風景を、彼の表情を忘れないように心に刻み込もう。  いつか私はこの日を懐かしく思うのだろうか。  中学生の私たちの精一杯の想いを伝えあった一日だけの駆け落ち。
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