一日だけ、駆け落ち

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 私は変わらない関係というのが自分たちなのだと信じていた。そんな盲目な関係に甘えて、不確かな未来を決めつけていたんだ。  中学二年の初秋。  私の心に爆弾を投下したのは、アキラだった。  放課後の教室で傾き始めた日差しをたっぷりと浴びながら、なんてこともないようにアキラは告げる。 「だから、俺も転校するらしい」  事の重大さの衝撃よりも、アキラが平然としていたことの方がショックで心が押しつぶされそうなほどの圧迫感を覚えた。  アキラのお父さんの人事異動がこの秋に発表されて四月には転勤することになり、それに伴って、勤務地に近い場所に引っ越すそうだ。 「まあでも、ここから電車で二時間半くらいだって。会おうと思えば会える距離だよな」  どうしてと言葉が出てきてしまいそうだった。  電車で会いに行ける距離だとしても、今までのようには会えなくなる。転校してしまうということは、こうして一緒に帰ることもできなくなって離れてしまうということだ。 「それに少し先のことだから」  開いた窓から吹き込んだ夏の蒸し暑さの名残を纏った風が髪を揺らし、真っ白なワイシャツの裾をはためかせた。髪が顔にかかり、目を瞑る。真っ暗になった視界にいつもの私たちを見つけた。  当たり前が、変わっていく。心が変化を望まなくても、抗えないことが起こってしまうんだ。アキラはこの日常を簡単に忘れてしまうのかな。  小さい頃から一緒にいて、登下校も、家に帰ってからもよく遊んでいたことも、全部過去に置いていってしまうのだろうか。そんな虚しさが心に広がった秋の始まり。  私はアキラがいなくなることを受け入れられなくて、泣くことすらできなかった。  時間が止まってほしいと願っても、叶うわけもなくあっという間に一月がきてしまった。アキラがいなくなる年。アキラのいる最後の季節。春になれば、冬とともにいなくなってしまう。  私はまだアキラに大事なことをなに一つ言えずにいた。
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