156人が本棚に入れています
本棚に追加
残された時間は少ないのに、さらに一緒にいられる日数が短くなってしまった。言葉が出てこない。名前を呼ばれても、なにも答えることができずにいた。
「会えなくなるわけでもないだろ」
ああ、まただ。アキラは平然と言うんだ。それが私の心を抉っていく。寂しいのも、この関係に縋っているのも私だけ。
「すぐに会えるわけでもないでしょ」
一緒に同じマンションに帰ることも、気軽に家を行き来することも、帰り道に幼い頃から遊んだ公園に立ち寄るのも、全部今まで通りにできなくなる。
今まで二人で歩いてきた道を、一人で歩くのだと思うと胸が押しつぶされるように苦しくなる。隣にアキラがいないことが、どうして嫌なのかなんて本当は最初からわかっていた。
「今までのことがなくなるわけじゃない」
わかってる。思い出が消えるわけはない。だけど、脳裏に浮かぶ今までの日々がはらはらと足元に落ちて雪のように溶けていく。隣にいた私たちは違う道を進んで、きっといつか振り返ることも少なくなって、この日々を〝懐かしむ〟んだ。
「あのさ、ヒナ」
アキラはいつもそうだ。
「一日だけ、駆け落ちしない?」
私が驚くようなことを、平然と言う。
重なる視線を逸らすことができないまま、私は困惑とともに白い息を吐き出した。
最初のコメントを投稿しよう!