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「それって大丈夫なの?」
「ちゃんと返すよ」
また呑気なことを言ってアキラは屋上の扉を開ける。緑のフェンスに囲われたその場所は、開放感があって空がいつもよりも近くに見える。冬の寒さが気にならないほど、日差しが暖かくて肺いっぱいに空気を吸い込む。
「一度来てみたかったんだ。屋上」
「見晴らし最高だね」
校庭や歩いてきた通学路、街の風景がここからなら見渡せる。
「俺さ、ヒナには笑っていてほしいけど、無理してはほしくない」
アキラは酷いことを言う。私だって笑っていたい。だけど、無理して笑っていなかったら泣き崩れてしまう。
少しでもアキラとの日々を目に焼き付けて、楽しく過ごしたいのに、素直になってしまえばこの心の中にある醜い感情を吐露してしまうことになるんだ。
「ヒナ」
繋いだままだった手が緩むと、ぎゅっと握られる。
「今日は繋いでいていい?」
寂しげな表情でずるいことを聞くアキラの手を振り解けるわけがない。それに私も繋いだ手を離したくない。
「……いいよ。だって今日は駆け落ちなんでしょ」
大人からしてみたらきっと私たちの駆け落ちなんて、子どもの遊びみたいなものだろう。それでも今日だけは、二人だけの世界でいたい。繋いだ手を離さないように強く握り返した。
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