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さて、待っていた人は、到着した荷馬車から最後に降りてきた。長身で、僅かな荷物に薄汚れた服。ところどころ破れているし、ボタンも外れている。そんな格好じゃ寒いだろうに。付き添いの兵士を「お疲れ様です」と労った後、彼に近づく。兵士の役目はここまで。ここから先は私の仕事だ。
「ベンさんですね?」
声をかけられた方は、驚いたようにこちらを見た。眼は沈み込み、頬は痩せこけていて生気がない。老けて見えるが、まだ30代だ。
「ヴェルクーレのブルンヒルトです。貴方を迎えに来ました。ヒルダと呼んでください」
納得した顔の彼に、脱いだ自分の上着をかける。羽毛を使っているから、軽いけれど暖かい。慌てる男を、「私は慣れてますから」と宥めた。元々、このために着てきたものだ。
「じゃあ、行きましょうか。荷物はお持ちします」
半ば無理やり荷物を受け取り、門に向かって緩やかな上り坂を歩き出す。今日は天気が良い。こんな日は、つい鼻歌でも歌いたくなる。
街の入り口で立ち止まる。振り返り、遅れてついてくる男を待った。彼が追いついたところで、街の奥に聳える山々を指差す。
「あそこがスケジです。そして、一番高い峰、あれがフェフニア。いつもは雲がかかっていることが多いんですけれど、今日は頂上までよく見えますね。ベンさんは運が良いですよ。年に数回、あるか、ないかってことなんですから!」
男は黙ってフェフニアを見つめた。その横顔には、疲労が浮かぶだけ。
軽い足取りで数歩先へ進み、舞うようにベンさんの方を振り返った。
「ようこそ、ヒミンボルクへ!」
腰の後ろで手を組み、身を乗り出すようにして笑いかける。スカートが風に舞った。
そう、ここがヒミンボルク。ミズゲルズ王国の北端、山脈の足元の小さな街。旅の目的地にして、旅の始まりの地。絶望と希望の交錯する場所。
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