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第一章:旅立ち
体が重い。
まるで重装鎧を装着しているかのように思い通りに動かない。
もっと早く走らなければ、追いつかなければ逃げられてしまう。
自分の体なのに焦る気持ちが全く伝わってくれない緩慢な動き。
不思議なことにまるで時間の進み方が遅いかのように、
相手もまた鈍い動きなので引き離されることはないが追いつくこともできない。
急げ、さあ動け、敏捷なキサビリのように走る我が脚はどこへいった。
懸命に走ろうとする努力も空しくその距離が少しづつ離れていく。
一か八かで剣を投げて足止めしようと構えたそのとき、急に標的が立ち止まった。
しめた!持ち替えて突き出した剣先が刺さる感触はいつもと違うのにおかしいとは感じなかった。
ただ何の感情もないまま標的がゆっくりとこちらを向くのを眺めていた。
だがその顔が追いかけていたはずの標的ではないことに気付いたあとで感情が一気に押し寄せる。
こいつ、人形じゃない!
刺さったままの剣から手を離し、一歩、二歩と後ずさりする。
何故だ、何故あなたが・・・発したはずの言葉は声にならず消えていく。
見覚えのあるその人物は背中から胸に突き出した剣先に目をやってから射るようにこちらの目を見た。
「結局お前が求めたものは何だ?答えられないのなら、お前はただの人殺しだ」
フィウ・キスラニの場合、その日が目覚めのよい朝ではなかったのは休暇開けのせいではなかった。
退屈だった休暇が終わったことは、むしろ喜ばしいことでさえあったから原因は明け方に見た夢だというのは間違いなさそうだ。
ローブ姿のまま窓板と日よけ幕を開けると、中に入り込んでくる朝の冷気と陽光に細めた目を徐々に開きながら通りを見下ろす。
リドヴェルデ共和国との休戦が調停されてから約1年。
ここハイムスヴェルド帝国の首都では市民の生活に活気が戻り始めている。
以前は閑散としていた、通りの先にある広場にも仕事に向かうのであろう人達が既に行き交うのが見えた。
ただ開戦のときはまだ4歳くらいだったフィウにとって、戦前の帝都のことなどほとんど覚えていなかったので
戦時下ではない帝国の様子を想像することは困難であったのだが。
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