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私は思わず舌打ちをしたくなった。『カノン』だっけ? この曲。お上品な旋律が弾けかけていた愛情の激流を堰き止めてしまった。あと少しで全身の神経を甘い蜜を湛えた泉に放り込めたのに……!
一瞬、自分の指で花弁の奥を激しく擦りたい衝動にかられたけれど、これは仕事なのだから、タイミングの悪さは我慢するしかない。今までだって、好きでもないタイプの女が相手でも、こういうことは何度かあった。
「まだイッてないでしょ? ……時間、延長する?」
私は固唾を飲み込んでから真帆に訊いた。
すると、少しだけ寂しげな声が答えた。
「……ううん。大丈夫。シャワー浴びよう。一緒に」
私は実際、大丈夫ではないのだけれど、今の真帆はお客様だ。お客様が「いい」と言っている以上、私の都合で延長料金を要求するわけにもいかない。
またか。またこうなるのか。
「いや、延長しよう。十分だけ」
「え?」
「お金は私が出す。本当は立場としていけないんだけど、お金に色も形もないからオフィスには真帆が払ったことにすればいい。そのかわり、あと十分は恋人同士だよ」
返事の代わりに真帆は私に抱き着いてきた。
お互いの舌が甘い音を立てて、絡み合う。私の背中に回った真帆の細い腕が苦しいくらいに私の身体を締め付けるのがどうしようもなく心地いい。
そして十分は瞬く間に過ぎて、唇を離した真帆は震えるような声で、私の目を見ながらこう囁いた。
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