序章 光輝の手は復讐のために

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 小さな手に右手をつかまれ、アサレラの思考は現実へ引き戻された。  アサレラの手首を引いたのは、神官らしき紺色のローブを着た子どもだ。  アサレラは、おのれの顎のあたりに位置する子どもの顔を、じっと見下ろした。  育ちのよさそうな白い肌が、袖口や首元からわずかに露出している。頭布とベールに覆われた輪郭は丸く、母と呼んだ声は高い。  子どもは月のような金色の目へ、困惑を色濃く浮かべている。  アサレラは明るい茶色の目をゆっくりと瞬かせ、口を開いた。 「………………きみは、迷子……か?」 「ち……違います!」  子どもの白い頬が、さっと赤くなり、恥ずかしげに視線を落とした。 「……あなたが……その、…………亡くなった母に似ていたものですから、つい……」  母と聞いて、アサレラは眉を寄せた。  アサレラにとって母とは、おのれと父を捨て失踪した実母アデリスか、アデリスを目の敵にしてアサレラを虐げた養母コートニーを指す。いずれにしろ、醜悪であることは確かだ。 「そりゃあまた、ずいぶんと物々しい母さんだなぁ」  老人がのんびりと口を挟む。 「いいえ、そうではなく…………いえ、ごめんなさい。ぼくの見間違いだったのです」  子どもはアサレラから手を離し、胸の前でぎゅっと握る。浮かべた微笑は大人びて、どことなく寂しげだ。 「トラヴィス様のいらっしゃるのがオールバニーで助かりました」  オールバニーはコーデリアの王都である。 「ウルティアやサヴォナローラでは、馬を走らせることができませんから」  荒れ地や傾斜の多い大陸西部のウルティア王国や、砂漠の広がる大陸東部のサヴォナローラ王国では、確かに馬を走らせることは難しいだろう。  もっとも、東部には平原の広がるコーデリアも、西部は山が多いのだが。 「……トラヴィス王に用があるのか?」  コーデリア王トラヴィスといえば、アサレラもつい昨日会ったばかりである。 「ええ、トラヴィス様にお伺いしたことがあって……そのためにドナウから来たのです」  ではこの子どもは、大陸中央に位置するマドンネンブラウ聖王国の王都からはるばる来たのか――トラヴィスに会うために。 ――トラヴィス王になにを訊くっていうんだ……あのトラヴィス王だぞ?
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