序章 光輝の手は復讐のために

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 清潔でやわらかなベッドや高級そうな調度品に緊張しっぱなしのアサレラのもとへ侍女がやってきて、トラヴィス陛下がお呼びですので謁見の間へおいでくださいませとこうべを垂れた。次いで、すでにセイレム滅亡から十日が経っているのだとも言った。  へんぴな田舎で倒れていただけの一介の剣士に対し、なぜそんなにうやうやしいのだろう?  疑問に思いながらもアサレラは、侍女の言葉通り王の待つ謁見の間へと向かった。  セイレムのことや魔物のことを訊きたいのだろうというアサレラの予測は外れ、信じがたい出来事が待ち受けていた。生まれて初めて目にする玉座や、ずらりと並んだ騎士や家臣よりも、王に言い渡された言葉こそがアサレラの度肝を抜いた。 ――絶望に閉ざされたこの世界に再び光をもたらすことができるのは、聖剣レーゲングスの担い手だけなのだ。そしてそれはアサレラ、あなたに他ならない。  豪華な玉座に腰かけたトラヴィスは、虚偽や揶揄など一片も含まぬ真摯なまなざしでアサレラを見下ろしていた。  薄汚れたブーツで絨毯を踏みしめるアサレラは、王の発するあまりにも突拍子のない話に思考がついていかず、ただ唖然とトラヴィスを見た。 ――あなたはセイレム唯一の生存者。恐ろしき魔物の奇襲に遭いながら生き延びたのは、聖王と聖剣のご加護に違いあるまい。  アサレラがコーデリア兵に救出され一命をとりとめたのは、単なる偶然だ。 ――聖典によれば聖王は輝く銀色の髪をしていたのだという。あなたの髪も銀色だ。  偶然だ、とアサレラは唇を噛む。そもそもこの髪の色も目の色も、もっといえば顔立ちも、なにもかも母からの遺伝である。 ――その左手に刻まれた聖痕こそが、あなたが聖者であるなによりの証。女神イーリスが聖剣を聖王に授けたとき、聖王の左手の甲が輝きを放ち、聖なる紋様が浮かび上がった。それこそがまさしく神の瑞光であり、暗雲を裂き恐怖にあえぐ人々へ注ぐ差し込む希望の光なのだ。  それも偶然だ。確かに以前はこんな痣はなかったが、炎に焼かれたせいで聖痕とやらと似たようなものができてしまったのだろう。 ――ま、待ってくだ……あ、いや、お待ちください。おれに聖剣を抜けるはずがないでしょう。そもそもマドンネンブラウの王族にできなくて、おれなんかにできるはずが……。
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