どうか私が呪われますように

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『○月×日  ふらりと立ち寄ったアンティークショップにヴァイオリンがあるのを見つけた。  楽器を専門にしているわけでもないこんな店になぜヴァイオリンがあるのか気になって店主に訊ねてみると、彼は妙な話を始めた。  なんでもそのヴァイオリンには恐ろしい噂が付き纏っていて、楽器関係の商売をする人間に嫌がられて買い手が付かず、巡り巡ってその店に辿り着いたというのだ。  恐ろしい噂とは何なのか訊くと、店主はにやりと口元だけで笑って言った。  これは呪いのヴァイオリンだ。これを演奏した者、その演奏を聴いた者は、近日中に悉く不幸な最期を迎えるのだ、と。  甚だ信じられない話だ。僕は適当に会話を終えようとしたが、店主は聞いてもいないヴァイオリンに纏わるあれやこれやを次々に語り出した。  落馬した男、恋人に首を絞められた女、火事に巻き込まれた少女、脳の血管を詰まらせた老爺。諳じるには多すぎるほどの、嘘か本当かもわからない「呪い」の話を聞いた。嘘であれ真実であれ、悲劇だとわかっている話を聞き続けるのは楽しいことではなかった。  一通り話し終えると、店主は僕に楽器に興味があるのかと訊いてきた。  正直にヴァイオリニストだと答えると、店主はにやにやと黄色い歯を見せて笑いながら、だったら試しに買ってみないか、と言った。安くしておくよ、と。  即座に断って店を出た。試すほどの理由などない。』
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