第1章 雨乞いの里

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「ヴァラトヴァとは宜しくない。」 養父クラムの声が聞こえる。 夜寝付けなくて部屋を出たシオナは、たまたま向かった家の裏口から聞こえてくる話し声に、廊下の途中で足を止めた。 「よりによってこんな時に里に来るとは。あんな若造が何かを嗅ぎ付けたとは思えないが、用心に越したことはない。」 応えた声は、里長の息子カイジのものだ。 「大体、本当にヴァラトヴァの司祭かどうかも怪しい。いや、いっそもぐりの司祭だとして追い出してしまえばいい。」 そう言ったクラムの言葉に、シオナは驚いてその場を動けなくなってしまった。 「それもそうだな。ヴァラトヴァ司祭と名乗る者にはもぐりの者も多いという。本物だと証明する方が難しいとしたら・・・」 「水を奪って放り出せば、こちらが手を下す必要もあるまい。」 シオナは口を手で覆って、出そうになる声を堪える。 「そうだな、大人しく里を出て行く素ぶりを見せるならば放っておけばいいだろう。」 締めくくったのはカイジだった。 シオナは二人が動き出した物音で我に帰ると、そっと廊下を引き返す。 物音を立てないように部屋に滑り込むと、静かに引き戸を閉めた。 灯りの落ちた室内は暗く、部屋の奥にある明り採りの小窓から、僅かに入り込む月明かりだけが光源だ。 隣のクラムの部屋には未だ主が戻らず暗いままだった。 シオナは布団のところまで手探りで戻ると、横になった。 ヴァラトヴァは正しき契約を司る神であり、その司祭は正しき契約に立会い、奨励し、また守る者としての側面も持つという。 仲裁者、調停者、時には契約の履行を妨げる者への断罪者ともなるのだと。 クラムは余り良い顔はしなかったが、シオナは家にある書物を読むことは許されていて、そこから得た知識だ。 里に住まう代々のセネルト司祭の蔵書だったが、シオナは家の用事をする以外、暇を持て余していたので、クラムの見ていない時によく本を読んで過ごした。 クラムとカイジにとって、どうしてヴァラトヴァ司祭は邪魔になるのだろうか。 考えてみたが、答えは出そうになかった。 広場ですれ違った少年、彼はヴァラトヴァ司祭の弟子か何かだったのだろうか。 シオナは居ても立っても居られないような気持ちを鎮める為に、無理矢理目を閉じた。
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