第2章 ヴァラトヴァ司祭と弟子

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ルトの里は昔、良き風の通り道と呼ばれていた。 田畑を渡る清かな風は、よく穏やかな雨を運び、豊かな潤った里だったのだそうだ。 里の側にある祠には、風の神の眷属様が祀られていたのだと、懐かしむような口調で教えてくれたのは、里の年寄りだった。 鋏の受け渡しを終えて、広場の隅で一息付いていたスセンに、世話話しをするように語ってくれたのだ。 だが、いつから変わってしまったのかと、つい問い掛けてしまった途端、年寄りは不意に我に返ったように口を噤んでしまい、スセンは踏み込み過ぎてしまったことに後悔した。 里の者と司祭として話しをしていたカラトが戻ってくると、二人連れ立って里長の家に向かって歩き出す。 「もうちょっと滞在したいって言ってみたら、嫌な顔されましたよ。」 カラトが潜めた声で耳打ちしてきて、スセンは顔を顰めた。 「どんな言い方したのか知らないが、色んな意味で呆れるな、あっちにもこっちにも。」 こちらも周りを気にしながら小声で返すと、カラトが何とも情けない顔になった。 「まあいい。ちょっと忙しくなるかもしれないってだけだ。」 慰めるようにそう言うと、カラトは無言で頷いた。 里長の家に用意された部屋は、母屋の中の客間の一つで、 隣の部屋には里によく訪れる二人組の商人が滞在しているようだった。 部屋に入って戸を閉めると、部屋の奥で荷物から筆記具を取り出し、幅の細い皮紙に書き付けを始める。 すると、カラトがそのスセンの姿を戸口から隠すように背を向けて座った。 カラトには、スセンがヴァラトヴァ神殿から課されている仕事の全てを教えた訳ではないが、薄々表向きの司祭の仕事以外にも何かをしているのは気付かれているようだ。 スセンは短く手早く文字を書き終えると、皮紙を小さく巻いて結んだ。 素早く筆記具を片付けると、何事も無かったように立ち上がって部屋の隅に歩いて行き、水差しを手に取った。
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