第2章 ヴァラトヴァ司祭と弟子

3/10
前へ
/40ページ
次へ
「カラト司祭、お疲れでしょう? お水でも入れましょうか?」 スセンの声が聞こえて振り返ると、いつの間にか筆記具すらも片付けた彼が、にやりと笑っていた。 書き物をしていた先程までの仕事用の顔は崩れて、何か企んでいる時のカラトとしては心臓に悪い顔になっている。 「スセン様、黒い顔になってますよ。」 思わず小さめの声で漏らすと、スセンは悪びれずに笑った。 「それはお前、ヴァラトヴァの司祭に喧嘩売るとか有り得ないだろ。」 喧嘩を売られているのかどうかはともかくとして、どの神殿の司祭よりも、ヴァラトヴァの司祭には目を付けられたくないとは思う。 ヴァラトヴァ司祭には、合法的な武力行使の権限がある。 実際の行使には制約があったり、その権限も全ての司祭に与えられている訳ではないのだが、そういう印象が人々に植え付けられているのは事実だ。 それに、旅するヴァラトヴァ司祭は、旅の途中で盗賊等の明らかに危険な犯罪者に出会ったり襲われたりした場合、その背中に負った鋏で撃退することが許されている。 背負い鋏は簡単に分解が出来る構造で、片刃を刀のように扱う者もいれば、二刀として扱う者もいたり、司祭が自分の扱い易い武器として特注するのが普通だった。 ヴァラトヴァ司祭はまた、鋏等の金道具を扱い商売めいたこともするので、旅する者の隠れ蓑にちょうど良かったのか、商人や犯罪者の騙り者も多く存在するのだそうだ。 「因みに、売られてるのはお前だからな、気を付けろよ。」 スセンがすっと寄ってきた気配がして、耳元で囁かれた。 「一人の時に何かあったら、迷わずそれを使え。」 続けてスセンは言うと、帯ごと背中から下ろしたままになっている背負い鋏に目をやった。 スセンがあれを、仕事として抜くのを見たことは数える程しかないが、その時 (まと)う雰囲気はちょっと真似の出来るものではない。 ヴァラトヴァ司祭の武力というのは、その特殊な武器とそれを扱う技量も勿論だが、その時纏う気配もその内に入るのだとカラトは思ったのだ。 「いやでも、それは流石に駄目じゃないですか?」 引き気味に返すと、スセンは黙って肩を竦めた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加