第2章 ヴァラトヴァ司祭と弟子

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雨乞いの少女が去った低木の影で、スセンはふっと顔を歪めて笑った。 里長の家を疑われずに一人で抜け出す為の演出だったのだが、流石に不謹慎な手段だったかと心苦しく思っていたところで、まさかここで彼女に会うとは思わなかった。 雨乞いを行わなければならないような里で、貴重なはずの水を服に零して絞っていたスセンを、彼女は同情したのだ。 感覚がおかしいにも程がある。 スセンは、里全体を見えない悪意の靄が覆っているような気がして、背筋が寒くなる。 だがそうまでして手に入れたこの時間を無駄にする訳にはいかない。 肩から脇に身体に添うように渡された革紐の帯には皮袋が二つ付いている。 その内の小さい方の皮袋を引き寄せ、中からいくつも玉の付いた飾り紐を取り出す。 その玉の一つを選び、指先で摘むと、目を閉じた。 「ヴァラトヴァが眷属ヴァルイトよ、我が呼び掛けに応え力を貸したまえ。我が名はヴァラトヴァに仕えし者スセン。」 口元で小さく唱えると、玉から細い煙のようなものが立ち昇った。 『おいこら、色々省略し過ぎだろ!』 開口一番、文句を言ってきたのは、立ち昇った煙から現れた小ぶりな蛇程の大きさの龍だ。 『しかも、どんだけ小さい石で呼びやがる!』 まだまだ文句は続く様子だったが、ここらで差し止めにしてもらおうと、スセンは口を挟んだ。 「うだうだ煩い! 手段とか大きさとかどうでもいいんだよ。貸して欲しい力に見合った大きさで呼び出せば無駄が無くていいだろ?? こっちだって神殿で大々的に儀式してるんじゃないんだ、色々バレないように省略しといた方がいいに決まってる。」 言い切ると、超小型の龍の姿で現れたヴァルイトは黙った。 『・・・もう良い、で何をすれば良いのだ?』 重い溜息の後、続いた言葉にスセンは笑顔を返す。 「カラの街にジオルがいるから、これを届けて欲しい。」 スセンが結んだ皮紙を差し出すと、ヴァルイトは器用に舌打ちして小さな前足の爪に皮紙を引っ掛けた。 「急を要する大事なものです。貴方にしか頼めない。お願い申し上げます。」 口調を改めてお願いをすると、ヴァルイトは頷いて人の目には止まらぬ速さで飛んで行った。 スセンはやれやれと溜息を吐くと、少女に貰った手拭いを使わせて貰うことにして、肩から掛けてから、服を着込んだ。
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