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遠目に、クラムがナイフを持ってスセンに迫っている姿が見えた。
そのクラムの形相は恐ろしく、里でセネルト司祭をしている時とは別人のようだ。
クラムとカイジになるべく気付かれないように近付く為、横手から回り込んで行きながら、シオナは三人を油断なく窺った。
何が起こっているのかは分からないが、ヴァラトヴァの司祭やその弟子を害していいはずがない。
里長の息子カイジは昔から評判の良くない男で、里人も表立っては何も言わないが、影では相当嫌っているのをシオナも知っていた。
そのカイジがクラムと仲が良いのは、クラムの懐が深いからだと里人は思っているようだが、シオナはそうではないだろうと、薄々感じていた。
育ててもらった恩は感じているが、クラムから愛情は感じたことがないし、こちらも恩以上のものを感じることが出来なかった。
漠然と、何かが壊れてしまう予感がする。
その引き金は、やはりスセンなのだろう。
シオナは淡々とクラムとスセン、カイジのいる方へ近付いて行く。
スセンは若いがヴァラトヴァの正式な司祭だ、二人を相手取る自信があるからこそ、今この場にいるのだろうが、取り返しのつかないことを二人が始めはしないかと、シオナは心配だった。
二人を、特にクラムをこれまでと同じように見ること、接することは出来ないだろう。
そんな何かを二人が抱えているのは間違いないが、そうなった時に自分がどうすれば良いのかが、シオナには全く分からなかった。
そっと三人に近付いていくカラトが、三人からは見えない横合いの岩の影に隠れたのが見えて、シオナもそこに潜り込む。
ヴァルイトも見えていないカラトの肩に留まるように隠れたのには、微笑ましくて顔が緩んだ。
そこに、クラムの声が聞こえてきた。
「 雨乞いには失敗はない。あの女の娘が生きている限り。」
その言葉に、というより声音にだろうか、シオナは何か違和感を感じる。
「その子の母親を殺しておいて、ですか?」
スセンの冷たい声が耳に刺さったような気がした。
どこか麻痺したような思考の中で、シオナが母のことを訪ねた時のクラムの嫌そうな様子を思い出していた。
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