第1章 雨乞いの里

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二日振りの人里が登り切った丘の上から見えると、カラトは安堵の溜息を吐き出した。 「師匠、あれですか? 件の里は。」 隣で同じく立ち止まって里を見下ろす連れの少年に声を掛けると、彼はどこか難しい顔のまま頷いた。 カラトより八つ年下の少年スセンは、背中に彼の職業を示す大振りの鋏を模した武器を背負っている。 “背負い(ばさみ)の者”と呼ばれる正しき契約を司るヴァラトヴァ神の司祭だ。 ヴァラトヴァ神はこのアウナランガの国を含む周辺国家が奉じる数多の神々の中でも、主神格とされており、その象徴は“鋏”とされている。 ヴァラトヴァの司祭には、神殿仕えの者の他に、各地を布教してまわる旅の司祭も多くおり、彼等はその象徴として大振りの鋏を背負って旅をした。 旅の司祭の主な役目は、布教を兼ねて訪れた土地で乞われた契約に立ち会うことだ。 ヴァラトヴァ司祭立会いの契約は神聖なものとされ、国同士の条約の締結から婚姻や商取引きなど彼等は多岐に渡ってその契約に立ち会った。 また、象徴たる鋏の売買から研ぎ直しや修理、鋏を使った雑用などを行なって対価を得る者もいた。 ヴァラトヴァの司祭は旅の途中で弟子をとることが認められており、その弟子は司祭の推薦があれば神殿での審査の後、布教の為の旅の司祭になることが出来た為、他神殿の司祭と比べて各地を巡る者が多く、弟子を連れ歩いている者もしばしばいた。 だが、旅の途中で立ち寄った神殿で受け取る俸給だけでは弟子を連れての旅が金銭的に難しく、鋏を使った副業が必然となっていったのだ。 今年17歳になるというスセンはそんな旅する司祭の中でも破格に年若いのだが、それ故か、彼の弟子になる際、カラトは一つ条件を出されていた。 「気は進まないが、行くか。」 スセンは溜息混じりにそう言うと、おもむろに背負っていた鋏を下ろしてカラトの方に渡してきた。 カラトは帯ごと受け取ったそれを、何とも言えない顔で自らの背中に背負う。 「それでは行きましょうか、カラト司祭。」 スセンの口から漏れた、先程の口調とは打って変わった滑らかな声に背中を押されて、カラトは里への坂を下り始めた。
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