第3章 偽りの契約とヴァラトヴァの裁き

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目を閉じて座り、神経を研ぎ澄ませていると、周りの様々なものの気配が感じ取れるようになってくる。 座り込む岩場を渡る渇いた風、岩の下に潜む虫や小動物、傾き掛けた陽の光に戯れる羽虫達、空を飛ぶ猛禽の鳥。 久しぶりの仕事を終えて、神経が過敏になっている所為か、ついつい感じ取った気配の本質に潜り込んで掘り下げようとしてしまう。 それを、無理矢理押し込めて、昂ぶった神経を落ち着かせていく。 結局は行使し掛けて止めたあれの為の覚悟が、神経をすり減らした原因なのだろう。 今回は、正司祭としての仕事も中途半端になってしまい、ただひたすら、正体の明かし損のような気がする。 いつも思うことだが、行き当たりバッタリが多過ぎて、もう少し上手に場を収められなかっただろうかと後悔してしまう。 ヴァラトヴァ司祭の仕事は、扱うものの性質上、とても繊細で難しい。 契約という目に見えないものであるが故に、解釈も人によって様々で、迂闊に裁けば恨みを買う事もしばしばだ。 裁きの武力行使を許されているのは、ヴァラトヴァ司祭の中でも正司祭と呼ばれる上位の司祭以上の者に限られている。 スセンは実はそれ以上の特別な使命と特権を与えられているのだが、そのことは極秘中の極秘事項で、ヴァラトヴァ神殿の中でも上層部の一握りの者しか知らない。 つい秘密裏に解決してしまおうという思考が働いて、いつもこうなるのだろう。 スセンは、今回の件の一番の被害者であるシオナを想って居たたまれない気持ちになった。 あの場で問い詰めるしかなかったとは言え、酷なことをしてしまった。 心根の優しい、賢い娘だ。 なるべくあの娘の思いを汲み取った道を、提案してあげられればと思う。 スセンはゆっくりと目を開けると、誰も居なくなった岩場を見渡す。 二人の罪人を連れて先に里に戻ったカラトのことも心配だ。 セネルト神殿の息がかかった二人の商人がいるにしても、何某か騒ぎが起こっているかもしれない。 スセンは立ち上がると岩山を下り始めた。
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