第1章 雨乞いの里

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「それでは司祭様、広場の方で鋏のお手入れの希望を募らせて頂きますので。」 そう口にしたのは、里長の息子の嫁だと言う三十路になるかどうかという年頃の女性だ。 「分かりました。では早速行きましょうか、スセン。」 弟子にして一年余り、司祭の振りも板に付いてきたカラトだか、スセンを呼び捨てにする時のぎこちない態度だけは中々抜けない。 年若い司祭という所為で起こる、旅先での不愉快極まりない出来事に辟易して、スセンは身元を保証してくれるヴァラトヴァ神殿のない街や村では、弟子のカラトを司祭と名乗らせ、自分は弟子の振りをしている。 勿論、司祭としての正式な務めはカラトの側でスセンがこっそり行っているのだが、これまでバレたことはない。 「はい、カラト司祭。」 笑顔を貼り付けて返事をすると、スセンは女性の後について歩き出した。 ルトの里は、ここ数ヶ月まともに雨が降っていないというが、その割に里人の危機感が薄い。 田は干上がり、井戸の水位も落ち始めたと言うのに、里人は暗い顔一つせず、広場で商人の広げた茣蓙に群がっている。 里にどれだけの食糧の貯えがあるのかは知らないが、少なくとも水がなくなる心配を全くしていないことには、疑問を感じる。 スセンは里の広場に近付いて行きながら、里人の様子を観察した。 大人達はそれでも食糧のことが多少は気になるのか、食料品に目をやる者が少なくないが、若者から子供達は装飾品や衣類、おもちゃなどを主に眺めているようだ。 その中で、ふと里人から離れて広場を出て行こうとする人影が目に入ってスセンはそちらを向いた。 頭に布を巻いて、明らかに髪の毛を隠した装いの少女のようだ。 人混みを回り込むように避けてこちらへ向かってくる。 広場へ向かうスセン達に気付くと、軽く会釈をして傍へ避けたが、スセンの向ける視線に気付いたのか、驚いたようにこちらを見た後、目が合うと直ぐに逸らして足早に去って行った。 「どうかしましたか?」 カラトに小声で訊かれて、スセンは去り行く少女の後姿から目を戻すと、首を振った。 「雨乞いの娘でしょうかね?」 カラトもスセンの視線の先を見ていたのか、ぽつりとそう口にした。
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