第1章 雨乞いの里

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セネルトの司祭であるクラムの家は、里の外れの方にある。 ルトの里の直ぐ側には、古くから風の神セネルトの祠があり、里には祠の世話をする司祭が代々住んでいた。 クラムは元は里の者ではなかったが、先代の司祭の弟子であったことから、先代が亡くなった後に跡を継いだのだという。 シオナは、他所へ出掛けていたクラムが、行き倒れていた母親を見つけて託された子なのだそうだ。 親のことも殆ど覚えていないシオナにとって、クラムは親代わりのような存在だったが、彼はシオナが必要以上に懐くことを嫌った。 生活するのには、不自由がないようにしてくれたし、最低限の読み書きは教えてくれたが、同年代の子供達と遊ぶことや、着飾ったり、何かに強く興味を持ったりするのには良い顔をしなかった。 「ただ今帰りました。」 シオナが玄関口で声を掛けて家の中に入ると、クラムが待ち構えていたように奥から出てきた。 「何処へ行っていた?」 クラムはシオナの全身を眺めまわすと、強い口調で問うてきた。 「田を眺めていました。すっかり水が枯れてしまって、井戸の水嵩も下がってきたって。」 尻すぼみに消えていく言葉に、気持ちも落ち込んでいく気がする。 足元に視線を落としたシオナにクラムの声が降ってくる。 「分かっているだろう? 大事な時期にふらふらと出歩いてはならん。」 シオナは奥歯を噛み締める。 「今は余所者が入り込んでいる。」 続いたクラムの忌々しげな言葉に、シオナは下を向いたまま、はっと目を見開いた。 先程広場から出てくる時に、里長の若奥さんが連れて歩いていた若い男の人、男の子と呼ぶべきだろうか。 シオナよりはいくつか年上に見えた彼は、どういう訳かシオナをじっと見ていた。 里人がシオナに向ける、居るのに居ない者を見るような興味のない目とは違う、何かを見透かすような目だった。 怖くなったシオナは、彼の視線から逃れるようにあの場を後にしたのだ。 「済みませんでした、気を付けます。」 シオナは言うと、クラムの傍を通り過ぎて家の中に入っていった。
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