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人目のない奥まった一室で、シオナは盥の水に櫛を浸しながら髪を梳る。
いつも頭に巻いている布をはずすと、髪は腰の辺りまで降りてくる。
細く絹のような手触りだと、儀式の度クラムが言うその髪は、癖の全くない流れるような黒髪だ。
この辺りの国の人々の髪色は、薄い茶から黒色が一般的で、女性は長く伸ばした髪を様々に結い上げて飾る。
その髪の美しさは女性の美醜の基準の一つになるほどで、若い娘ならどんな者でも髪の手入れには手を抜かないものだ。
クラムもシオナが髪の手入れをすることにだけは文句を言わなかった。
例え儀式の時以外、誰の目にも触れないものだとしても。
四年前の儀式で肩より上で切られてしまった髪は、ようやく腰の辺りまで伸びたのに、この長さを梳るのも後数日のことだろうか。
セネルトの祠で行われる儀式で、シオナの髪は風の神セネルトに捧げられ、それを対価に里には雨が齎されるのだ。
誇らしい気持ちがない訳ではない、ただ、よく分からないもやもやした気持ちが胸に湧く。
シオナは確かにここに居てここで暮らしているのに、ふとした瞬間、自分がここに居るのは本当は幻なのではないかとか、自らの立つ地面が揺らぐような気がする時がある。
それなのに今日は・・・
広場の入口ですれ違った余所者の少年のことを思い出す。
彼の目は、揺らぐシオナの心を見抜いていて、地面に縫い付けて、見たくない何かを突き付けてくるのではないか、そう思えて怖かったのだ。
怖いのに気になる、これまで誰にも感じたことのない、不思議な感覚だった。
彼に会いたい。
何かを話したいとか、どうしたいとか、そんなことではなく、ただ彼の姿を遠目にでいいから見たいと強く思った。
でも、クラムの不機嫌な顔が目に浮かぶ。
シオナは自分の強い感情に蓋をするように櫛を動かし始めた。
無心になって髪を梳かしていると、少し気持ちが落ち着いてくるような気がした。
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