第1章 雨乞いの里

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夕陽が山際に沈み始めた頃、全ての刃研ぎが終わった。 スセンは刃研ぎが得意なようで、鋏以外の包丁や刀剣類も頼まれれば研ぎを行うことがある。 ただ、この里では面倒だったのか、他に何か理由があるのか、引き受けなかったようだ。 しかも今回は、珍しくカラトに鋏研ぎを一からそれとなく教えてくれたりしたのには驚いた。 雨乞いをしなくとも明日大雨が降るのではないか、と思ったことは内緒だ。 「お弟子さん、ありがと。お母さんたらずーっと前からこの鋏切れない切れないって文句ばっかり言ってて。もうすぐ雨乞いの後に雨降り祝いがあるのに鋏が切れないから新しい服が作れないって言い訳してたのよ。」 鋏を取りに来た里の娘が、スセンを相手に一頻り愚痴を言っているようだ。 「それじゃお母さんは、もう言い訳出来ないから作ってくれるんじゃないかな?」 人前では猫を被りまくりのスセンは、そんな愚痴にもにこやかに受け応えをしている。 「ところで、雨乞いに失敗とかはないの?」 カラトも疑問に思っていたことを、スセンは娘からそれとなく聞き出すつもりのようだ。 「え? 失敗とかないでしょ、普通。その為にクラム司祭様のとこのシオナがいる訳だし。」 当たり前のことのように言う娘に、カラトはそちらに目を向けながら、思わず首を傾げてしまった。 スセンとも刃研ぎをしながら話していたが、雨乞いというのは、所謂神頼みだから、偶然が重ならなければ気休めの儀式でしかないはずなのだ。 だから、干ばつが起こると必ずと言っていい程、どこかの里や村が滅びる。 「クラム司祭様の腕がいいのか、そのシオナという子が巫女体質なのか、凄いことだね。」 スセンがそう無難に話しを締めくくって、娘は帰って行った。 「司祭の腕がいいと雨乞いが成功するんですか?」 思わずこっそり訊いてみると、スセンは肩を竦めた。 「娘の方だろうな、多分。大神殿にいる高位の巫女や覡、司祭の中には、稀に神々と直接取引きが出来る者がいる。彼らならば実質的に雨乞いも可能だろうけどな。」 律儀に答えてくれたスセンに、カラトは更に首を傾げる。 「大神殿にいるんですよね?」 スセンはこちらを向くと、どこか人の悪そうな笑みを浮かべた。 「嫌がらせにちょっと長逗留してみるか。」 カラトは何となく嫌な予感がして、ひっそりと溜息を漏らした。
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