一. 切迫

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連日の会議や細々とした、しかし実務的な仕事の疲れからかうウトウトしながら、気づけば王城の執務室で午睡を貪っていた。その安楽のひと時を控えめなノックが破った。 「クリネ様。お休みのところ失礼します」 「あぁ、マキシスか。構わないよ、入れ」  魔導院の正装に身を包んだ背が高く褐色の肌を保つ端正なこの従者を、稀代の魔導師と称されるこの少女は殊更にかわいがっている。眠りを破られたことに文句の一つも言わず、その姿をまるでお気に入りの愛玩動物を見るかのように愛でるのだ。 「クリネ様。この忙しい時に申し訳ないのですが、また一つ厄介な案件が」 「厄介ごと、ね。まあ、厄介だから私のところに来るわけだが。なにがあった?」 「ラムザの村、ここより北東のゲール山脈の麓にある小さな村なのですが、そこで身元が不明な15歳ぐらいの少年が捕縛されました」 「つまりそれはただの少年じゃない」 「はい。極めて強い魔力… それも第六領域に属するものを宿しているのではないか、ということです。現地の魔導師の見立てですが」 「闇の眷属か。それは素晴らしいな」とクリネはその大きな瞳をますます見開いた。「しかし、お前が報告しにくるということはそれだけではあるまい」 「その少年は東方の民族の特徴を有しており、まるでこの国は初めてのように混乱しているそうです。しかし話してることがどうにも東方のどの国のものにも当てはまらない。それどころか話すことのすべてが空想じみているのですが、しかし嘘を言ってるようにも思えない。そう、その細部というのがまるで別の国、あるいは別の世界から来たような語り口だということです。つまり…」 「彷徨える民」  その言葉に対してマキシスは「その通りです」と言う代わりに「今日の夕刻、こちらに到着する予定とのことです」とだけ告げた。 「わかった。楽しみだな」とクリネ様と敬意を表されたその少女は無邪気に微笑み、そしてわざとらしく顰めっ面を作って見せた。「その楽しみの前に、うんざりする御前会議が待っているわけだが」
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