一. 切迫

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覇道の時代だった。かつて聖王が作り上げた一つの理想郷は、絶え間ない冷害と疫病によってその形だけを辛うじて留めた概念的な何かに成り下がり、食料や労働力を巡って力のある諸侯が群雄割拠し争う暗黒の時代が訪れ、その戦乱に終止符を打つべく力ある一人の蛮族の長が強力な軍事力をもって統一を進めようとしていた。ある国は従い、ある国は抗った。略奪が国土を荒し、敗北が人心を乱した。  正直なところ、クリネにはどうしていいのか考えあぐねるところがあった。強力な力の元に争う国々がまとめられ戦がなくなるのであれば、今のように民が飢えに苦しむことも、戦いに破れて奴隷になるようなこともなくなるのではないか。降ることも一つの可能性として考えられてもいいはずだが、この国の年寄りどもはそれを許さない。もはや荒涼たる大地にすぎないこの国に、聖王が定めた都を擁するというただそれだけのことで縋っている。 「聖王の故郷にして永遠の都なるこのイオリア聖国を蛮族なんぞに渡してなるものか」  誰もが口を揃えて叫ぶ。蛮族。確かに東方から来た蛮族を祖先に持つ彼等の戦さはひどく荒っぽく、逆らった村や街は容赦なく焼かれていく。だが降伏を申し出たものには寛容に自治を与えてもいる。彼等が欲しいのは支配ではなく、商業圏であるという報告も入ってきている。もはやここは荒れ果てた土地になんとか小麦を育て糊口をしのぐだけの貧しい国土でしかない。穀物の生産地としてはなんの魅力もないのだ。しかし、聖王が都に定めただけあって西には海があり、交易のために方々から商人がやってくる。隆盛とは言えないまでも、彼等に宿を提供し関税を取り、自らが商売人として出向く、そうしてこの国は命脈を保っていた。であれば、あの蛮族とも話し合う余地はあるのではないか。
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