一. 切迫

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「何を恐れているのですか、クリネ様ともあろう方が。戦って勝てぬ相手でもありますまい」  そう豪語し戦いを挑んだ国が次々に敗れて行ったのをこの老人は知らぬわけではあるまい。なぜ自分たちだけが勝てると根拠なく言い切れるのか。確かに公国の西征を我々が過去に何度か阻んだことも事実であるのだ。その主力は魔導院だった。しかし、すでにこの大陸の半分が取られ兵站への不安が解消され、かつてより遥かに聖国の力が弱体化したいま、また過去のように撃退できる保証もない。クリネは侮蔑の意味を込めた冷笑で返事とした。 「我々だけではない。諸侯や周辺の都市も意気軒昂です。四方から撃てば、いかに奴等が強靭な軍隊といえどもひとたまりもないでしょう」 「これまでの敗因は我々が一つになれなかったこと。しかし、聖国の名の下に号令をかければ必ずや一つにまとまります」  揃いも揃って気が急いてる。クリネはうんざりしながら、しかし取り繕うことだけは忘れずに老人たちを見回した。この愚物達もかつては英雄や豪傑と呼ばれていたのだ。年だけは取りたくないものだなと、この場において間違いなく最高齢であるクリネは思った。  サンカ公国が目と鼻の先に迫っている此の期に及んでも、方針は遅々として決まらなかった。年寄りどもは徹底抗戦。しかし、商人と王がそれを望まなかった。 「皆の意見はわかる。しかし、だ。もはやこの大陸の半分が蹂躙されるに及んで、意気軒昂な諸侯や都市など期待できるのだろうか? そもそも、我が祖国にそのような求心力が残っているとも思えない」と自嘲気味に王が口を開いた。「王」というものに威厳という資格が必要であったなら間違いなくこの惰弱な青年は王になどなれなかったであろう。老人達に担がれ傀儡となるべくして即位したこの青年の言葉に耳を傾けるものなどいなかった。聡明ではあるのだが、とクリネは溜息を押し殺した。
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