一. 切迫

5/6
前へ
/34ページ
次へ
「諸侯は続々と徹底抗戦の意を示しております。陛下の心中はお察しいたします。しかし、サンカ公国は刻一刻と近づいてきているのです。もはや猶予はありません。戦いは… 先んじたものが制するのです。これは古来より今の世まで変わらぬ理です」  そう、先んずれば制するのだ。そして、先んじたのはあの野蛮人どもではなかったか。我々が今日を生き延びるために隣国から略奪するための戦争に明け暮れていた頃、あの野蛮人どもは民を安んじ、兵を鍛え、国を整えた。東方との交易で力を蓄え、新しい技術によって荒れた土地を耕し、新しい穀物を育てた。民には燧発式の最新鋭の銃を持たせ、戦士は見たこともない精強な馬で稲妻のごとく駆けてくる。我々が魔法などという古来の遺物に囚われている間に、彼等は新しい世の理を見いだそうとしていた。 「私は、彼等と交渉の余地がないとは思わない」と惰弱の王にしては珍しく食い下がった。 「蛮族と交渉などと!」老人の一人が声を荒げる。そして他の老人どももすぐさまそれに同調を示す。交渉の余地などない、と皆が口々に叫んだ。聖王が築いたこの国が蛮族と約束を交わすなどと、考えただけでも穢らわしい、ということか。  思慮の浅い年寄りどもめ、と思いながらもクリネはそれも致し方ないことだと半ば諦めににた考えに支配されていた。契りを交わしたところで守られる保証などない、というのはもっともなことであったし、民達は従属すれば寛容をもって迎えられるからといって、その後に自分たちがどうなるかはわからない。すでに数々の謀略を仕掛け、多くの諸侯を支援したことや通商圏の破壊を目論んだことはすでに向こうも周知であろう。確かに戦うという選択肢は切迫していた。まして此の期に及んで話し合いで有利な条件を引き出せるとも思えない。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加