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しかしこの友人が簡単に逃がしてくれることはまずないので、俺はなかば諦観の念で、「こいつも笑えばそれなりに可愛いだろう顔をしているのに、もったいないな」と、彼女の怒顔に見当違いの感想をもった。
いや、違う、そうか。
「もったいないって思ったんだ」
「もったいない?」
ようやく止まる百合子の口。その口は、どういうこと?と俺に問いかけた。
俺は不意に降って湧いた言葉に少しの興奮を覚えた。初めて、自分のもっていた違和に当てはまる言葉が出てきたことへの喜びだったのかもしれない。それほど、この「もったいない」という言葉は、俺の心にしっくりときたのだ。
その興奮から、依然として名状し難いこの考えを、なんとか言葉にしようと口を開く。
「つまりだ。俺がこうやって飯食ってる時間にもさ、働いてる人はいるわけじゃん。その人は飯食う時間もなくて、寝る時間もなくて」
「だから?」
「俺は学校来て勉強して、飯食ってまた授業出て帰って寝るだけじゃん」
「まあ、そうなんでしょうね」
なんの実りもなさそうな人生ね、なんて百合子が茶化す。それはそうなんだが、そういうことではない。
「言うね。まあ、そうかもしれない」
「かもじゃないわ」
「もう、いいよ、話を戻そう」
なおも何か言いかける百合子を遮り、俺は続ける。
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