死にたがりの風景画

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 桃香は祖父のいない母の実家に戻った。 「桃香! あなたどこに行ってたの?」  もう大人だというのに、母はいつまで経っても桃香を子供のように心配する。  いつもだったらなにか口答えをしたかもしれない。けれど、桃香は自殺したはずの自分が認識されているということに驚き、なにも言うことができなかった。  死んでいない。この身体はちゃんと存在している。けれど同時に、桃香の頭の中には飛び降りた瞬間の記憶もはっきりと存在しているのだ。だが、着地した時の記憶がない。  飛び降りた後に、なにかが起こったのかもしれない。  変わったことといえば、あの男の子が現れたこと。だから、男の子がなにかをしたのだろう。  すぐに崖の上に戻ってみたけれど、男の子は現れなかった。    死ぬ気が削がれてしまった桃香は会社を辞めることもせずに、一年間生き続けた。  お盆にまた祖父の家に来た。一回忌だか一周忌だかで家の中はどことなく慌ただしく、桃香の足は自然に崖の上へ向かっていた。  急な坂を登る時に桃香は考えた。今日死ぬとしたら、一体どんな理由で死ぬのだろう。  やっぱり仕事が嫌だからかな? でも、仕事が嫌なのも慣れてしまった。祖父が死んでしまった悲しみも、ふとしたときに思い出すけれど、涙で胸のつっかえも流されていく。  死ぬ理由を思いつく前に、崖の上についてしまった。背中に強く吹きつける風で、あの時の気持ちを思い返す。   サンダルを脱ぎ、両手を広げて、目を閉じれば、また飛び降りることができる……。 「お姉ちゃんはどうして死んじゃったの?」  飛び降りる寸前。男の子の声がかかった。  足下に男の子が座っていた。去年から全く成長していない姿。 「ねぇねぇ。お姉ちゃんはどうして死んじゃったの?」 「……私が死んだ理由は大したことじゃないんだよ。君はどうして死んじゃったの?」 「僕は生きてるよ。あのね、お姉ちゃん。今度あそこに行くんだよ」  男の子が指さしたのは、向かいの山の頂上の鉄塔だった。
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