蝉時雨に沈む

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 でも、野暮だったのは自分だ。不謹慎なわかりにくい遠回りの冗談にようやく気付かされる。いや、それすら彼女の仕掛けた時限爆弾なのか。しかも恒久的な。夏は毎年巡ってくる。  今更、今更なのに。あまりにたちの悪い冗談で、あまりに八尾さんらしい。  ちっぽけな公園のささやかな緑の中、蝉の声は啼けど響けど姿を見つけられない。必ずどこかにいるはずなのに、ひどく理不尽に感じられた。  八尾さんは僕が退職した数か月後に辞めたと人伝に聞く。今、どこでなにをしているのかわからない。けれど彼女の電話番号は依然として僕の携帯に登録されたまま、ある。  蝉は夏が終わるまで啼き続け、日ごと唱和は大きくなる。外灯があれば昼夜を問わず啼き狂う。そして僕は仕事に家庭に将来に少し疲れていた。  もしも、蝉時雨に降られたなら。浮くぐらいならまだいい。雨は豪雨に嵐になるかもしれず、勢いよく流入する水に抗えるだろうか。  夏の始まりの一声を聞き、きっと彼女は目だけ細めて笑っている。  遠くない未来、蝉時雨の洪水に沈むであろう、愚かな後輩に思いをはせて。
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