蝉時雨に沈む

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 蝉時雨、という言葉は一体誰が言い出したのだろう。まさしく降り注ぐほどの啼き声だった。桜並木だから、アブラゼミとミンミンゼミが主だと思うが、もしかしたら他の種類も混じっていたかもしれない。可視化されたなら啼き声は複雑な曼荼羅模様を描いていただろう。  緑の天蓋の下は熱気と湿気がこもっている。汗腺の一つ一つにまで蝉時雨が染み込み、熱が排出されない。境内中の蝉の啼き声が一斉に降ったような瞬間、それは起こった。  ふっ、と。  ライブやコンサートで大音量を聴いた時、一時的に眩暈を起こすことがある。多分、同じ状態だったのだろう。熱中症も起こしかけていたに違いなかった。  ……お茶。  ……ああ、お茶。  実際にはほんの数秒だっただろう。けれど随分長い間、地面から遊離していた気がした。  緩慢に横を見やれば、意識を引き戻した八尾さんがしっとりと額に張り付いた髪を耳にかけていた。あらわになったこめかみから顎にかけて汗が伝う。こんなにも暑いというのにやたらと青白い顔色だった。     
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