蝉時雨に沈む

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 ある日の朝、彼女は唐突に、豚足を食べたことあるかと尋ねてきた。いわずと知れた沖縄や九州の名物だ。たまに居酒屋のメニューにも載っているが、注文したことは無く、他者のオーダーをつまんだこともない。現物を見たこともない?との問いに頷けばちょうど良かったと返してくる。その時はさっぱり意味がわからなかった。  会社は学習教材を扱っており、勤めているのはその一地方支社となる。その日は本部からマネージャーがやってくる予定だった。僕は朝から外回りだったが、マネージャーを交えたランチミーティングを近所の沖縄料理店で行うことになり、直接店に赴いた。マネージャーとは面識はなく、興味もなく、出世欲もなかったため、それほどの気負いも緊張も考えもなく。  まさに豚足だった。  よく言えばふくよか、悪く言えば小太りの中年女性で、タイトスカートから伸びた足先にはハイヒールが装着されており、否が応にも連想させる。ランチメニューに豚足が無いのは救いだった。いや、これは八尾さんの配剤だろう。マネージャーを沖縄料理店に配置させながらも、地雷は踏ませない。ただじわじわとこちらにだけ精神攻撃を仕掛ける。テーブル越しに非難の眼差しを送れば、口は引き結んだまま、目だけ細めて寄越すのだった。     
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