蝉時雨に沈む

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 けれど三年過ぎた今、人に羨まれ疎まれるほど僕自身はこの年季明けを晴れ晴れしい門出とは思っていない。端的に言い表せば、退路を絶たれた、これに尽きる。  婚約者はもちろん愛しいが、ごく普通の家庭を築くのとはいささかわけが違う。詩的な言い方をすれば、僕自身丸ごとを生け贄として差し出す心地であった。仕事においても、家庭においても、プライベートでさえも、これから数年いや何十年先、僕が僕だけの意志で自由に振舞えることほとんどないだろう。現に結婚式も新婚旅行も新居も、すべてが事後報告で着々と準備が進んでいる。週末ごとに、ただ身体だけが借り出されて。  地中で息を潜めて数年、いよいよ羽化して空を飛ぶ。しかし、はて、なんのために飛び回るのだったか……    わっ、と。  沸くような歓声が突如背後から上がった。  びくりと腰を浮かせて振り返れば、他の一団が盛り上がっており、古風にも頭にネクタイを巻いた男性が余興を始めたらしかった。今日は貸切ではない。あまり参加者が集まらなかった送別会は、その必要がなかったのだ。  ……まるで蝉時雨ね?   さぐるようなささやきに一瞬戸惑った。八尾さんは酔っているのか目を細めたまま騒ぐ一団を眺めている。  一瞬、頭の中を読まれたのかと強ばった。まるで、蝉。地中で数年過ごし、夏が終われば。     
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