蝉時雨に沈む

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蝉時雨に沈む

 ふっ、と。靴裏から地面がはぐれた。  ……浮いたね。  ……浮きましたね。  隣に佇んだ先輩兼同僚の八尾(やつお)さんの言葉の意味を正確に読み取り、頷いた。  地方の県庁所在地のとある市。駅から会社までは十分ほどの道のりだが、途中にある神社を突っ切れば一分ぐらいの近道となる。電車の前部車両に乗る僕と、後部車両に乗る彼女が出くわすのは、いつもこの神社の境内だった。  夏も盛りの八月初旬と中旬のあわい。学生は言わずもがな、勤め人も一足早い盆休みをとっているのか、電車は空いていた。境内も人気はなく、ただ繁茂した緑に気狂いじみた蝉の声が重なり合う。  朝のニュースでは、今年一番の暑さとなりできる限り外出を控えるようアナウンサーが呼びかけていた。できるものならそうしたかったのだが。  そうもできやしない大人二人が、神社の出入り口と境内を繋ぐ桜並木の途中で、突っ立っていた。     
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