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夏が来た。少年と出会って4度目の夏だ。
私は死んだ紅茶をカップに注ぎ、いつも通り書斎の椅子に腰かけながら窓の外を眺めている。味も香りも、生きた感覚はもうどこにもない。
祖父から譲り受けた山中の邸宅も、生前のほとんどをこの館で過ごした私自身も、最早すべてが息絶えていた。幽霊屋敷の幽霊伯爵と呼ばれてから、一体どれだけの年月が巡ったのだろう。
ある年の夏、不意にその少年は現れた。なんの予兆も天変地異もまとわずに。
少年は破れた野球帽を目深にかぶり、大雨の中を走ってこの屋敷の中に飛び込んできた。場違いみたいに明るい空を一瞥もせず、外門から一直線に館めがけて走ってきたのを、よく覚えている。
少年は玄関ホールから階段を上り、まるで自分の家のように堂々とした足取りで私の部屋までやって来た。そうしてノックもせずに私の部屋のドアを大きく開けて、椅子に腰かけた私を捕える。
大きくて、鋭い、生きた視線だ。
「あんたが幽霊伯爵?」
「ほう。私が見えるのかね」
「見えるし、さわれる。だからあんたが望むなら、話し相手にもなれるしそれ以上のことだって出来る」
「なんのために」
「……ひと夏、ここにかくまって欲しい」
そう言うと、少年は重く水を吸った野球帽を取って前髪を乱暴にかき上げた。「お願いします」下げた頭は切実で、暗くしめった現実が彼をじっとりと濡らしているようだと、思った。
好きにしたらいい、と私が言うと、少年は喜んで破顔していた。それから3回、私はこの嘘つき少年と夏を過ごした。
少年は連続殺人鬼であり、またあるときは某国のスパイであり、調子がいいときは村を追い出された天才エルフでもあった。エルフのくせに、耳が尖っていないではないかと私が言うと、それが時代ってもんさと呆れたように肩をすくめる。
小賢しいが、どこか愛嬌のある子どもだった。
「追われているのか、逃げているのか」
「あんたはどっちがマシだと思う?」
少年はまるで約束事のように嘘をつく。
真実と嘘を巧みに織り交ぜる彼の話術に、私はたちまち虜になった。出会った当初、これだけは絶対の真実であろうと確信を持てたのは、私のことが見えて尚且つ触れられるということだけだった。
少年は毎夜私の頬にキスを落として、埃に埋もれた私のベッドで眠りにつく。
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