9人が本棚に入れています
本棚に追加
第30話 微笑む面会
「あの……」
「あ、佐久良優斗さんですね。咲蕾さんは戻りましたよ。病室で面会をお願いします。あまり面会時間が長くならないようにお願いしますね」
入院棟の受付で声を上げると、先程の看護士が対応してくれた為、すぐに話が付いた。俺は、面会票に記入をし、看護士に渡して、寧々の病室に向かった。
「すみません、佐久良優斗です」
ノックの後にそう言うと、扉の向こうから、ゴソゴソと動く音が聞こえ「はい、どうぞ」と返答が聞こえる。俺はその声を聞いてノブを握り、少し呼吸を整えて扉を開けた。
「やぁ、寧々」
「いらっしゃい、と言うのはおかしいですね。SNSでは昨日話しましたが、顔を合わせるのは、お久しぶりですね」
薄い病衣を身に纏った寧々は、少し儚げで、優しい微笑みと柔らかい声は、疲れを感じた。先程までリハビリをしていたのだから当たり前だが、身体的疲労とは、また違う精神的疲労のように感じた。と言っても、俺は詳しい訳ではない。だが、あの表情にどこか、見覚えがある気がした。
「どうしたんですか?椅子はここにありますので、どうぞ?」
寧々は俺が突っ立っていることを不思議に思ったのか、近くの椅子に招く。
「あ、うん」
俺はそれに従い、寝台横のパイプ椅子に座る。まだ、あの時の事が拭えていないのだろう。わざわざ掘り返すべきではない。
「はい、夏休みの課題。気が向いた時にやってくれれば良いらしいよ。終わらなくても成績に影響はしないみたい」
そう言いながら紙袋を渡すと、寧々は「ありがとうございます」と軽く一礼しながら受け取り、中身を覗く。
「入院暮らしだと少し暇な時間が多いので、集中出来るものがあるのはありがたいです。あっ」
寧々は何かを見つけたようで、紙袋の中から一枚の厚紙を取り出す。その紙には、沢山の先生から、メッセージが書かれていた。それを見た寧々は、嬉しそうに笑い、こちらを向いた。
「これは早く学校に戻って、先生にお礼を言いたいですね」
「これから夏休みだけどね」
俺はそう軽く突っ込みを入れながらもう一つの小さい紙袋を渡す。
「これはうちのクラスの先生から」
また「ありがとうございます」と言って受け取った寧々は、中身を見て目を見開いた。
「これ、私が読みたかった本です!」
題名を見ると『春になる』聞いた事の無いタイトルであった。
「どんな小説なの?」
俺は、寧々が喜んでいる小説がどんな内容なのか気になり質問をすると、待っていたと言わんばかりの勢いで寧々が語る。
「この小説はもともと、アメリカの作家ポドム・クラークさんが書いた『Fascinating blossom』が原作の本なんですけど、この本は明治の桜に感動して、数年後に移住したクラークさんの感動だったり、行動をユーモアに書かれている作品なんです。ですが翻訳本が見つからなくて……。原作は持っていたんですけど、翻訳本があったなんて」
まくし立てるように説明を受け、少し動揺しながらも、熱意がすごく伝わった。先生は国語を担当していて、寧々と話している姿をたまに見かけた。その時にこの本の話題が出ていたのだろう。そう、考えている内にも、寧々は嬉しそうに裏表紙のあらすじを読んでいる。……なんかこの後じゃ渡し辛いな。と言っても無駄に長居するわけにもいかない。俺は寧々が少し落ち着いた所を見計らって、声を掛けた。
「えっと、その本に比べると、しょうもないかもしれないけど、俺からも、どうぞ」
そう言って俺は最後の紙袋を渡す。寧々は「いえ、嬉しいです!ありがとうございます、優斗くん」と言って、はにかみながら受け取ってくれた。そして先程と同じく紙袋から取り出していく。紙袋の中から出てきた箱を、寧々は太ももの上に置き、丁寧に開ける。
「わぁ!おいしそうですね!」
寧々は、俺の贈ったゼリーを見て、嬉しそうに声を上げた。
「丁度良い物とかが思いつかなくて、無難な物なんだけど」
俺が言うと、寧々は少し食い気味に「私、ゼリーが大好きなんです!本当にありがとうございます!」と言って、数種類あるゼリーを手に取る。よかった、少なくとも嫌いではなさそうだ。
「喜んでもらえて良かった」
俺も喜んでもらえた事が少し嬉しくなり、ほっと息を吐きながら言うと、寧々はゼリーから目を離し、笑顔で言った。
「病院食だと少し味気が無くて、こういう食べ物がとても食べたかったんです!」
寧々の表情に、少し顔が綻びそうになるが、どうにか保ち「本当に良かった」と返答する。「はい」と寧々も嬉しそうに言い、そのまま会話も続き、気付くと、二十分を過ぎようとしていた。
「あ、もうこんな時間か。ごめん、受付でも言われたのに、長居しちゃって」
俺が言うと、寧々は両手を振って否定する。
「いいえ、もっとお話ししたいぐらいです!」
寧々はそう言ってくれるが、これ以上長居するのは寧々的にも病院的にも良くないだろう。その思ったタイミングで、寧々は「そろそろ検診の時間ですね」と言った。
「そうなんだ。じゃあ、俺はそろそろ失礼するよ」
そう言って足に力を込め、椅子から立ち上がると、寧々が「あっ……」と少し声を上げる。俺がその声に反応して寧々の顔を見ると、少し頬を染めた寧々が「いえ、なんでもないです!」と両手を振った。
「またSNSで会話しよう」
スマホを片手に俺が言う。
「はい!……面会にも出来れば来てほしいです」
寧々が微笑みながら言った言葉に、俺は一瞬固まったが、すぐに取り繕い「わかった」と言って、そそくさと病室を出た。
「面会終わりました」
「あ、はい。では、こちらに記入お願いします」
看護師から受け取った面会票に時間を書き、いつの間にか早くなっていた心音を落ち着かせながら家へと帰った。
最初のコメントを投稿しよう!