第8話 二つの笑み

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第8話 二つの笑み

 昼食の時間。これでもかと言う位沢山の人に見られながら俺はあの中庭に向かう。周囲もあの中庭に近づくにつれ、パラパラと散っていき、中庭に着いた頃には誰もいなくなっていた。それ程、同じ学校の生徒が死んだことに皆が感情を抱いているのだと、俺は思いながら、桜の木の下に向かう。 「お待たせ」 「大丈夫、待っていないですよ。私も今着いた所ですので」  俺達はそう簡単に挨拶をしながら近くに座り、少しの無言時間を過ごす。 「えっと、お弁当、そうお弁当、どうぞ」  寧々からそう言って渡された弁当箱は、ライトブルーで、寧々本人の桜色の弁当箱よりも少し大きいものとなっていた。そんな弁当箱を開けると、定番ではあるが、手の込んだ料理が入っていた。 「こんな手の込んだものを……ありがとう」  俺がつい口走ると、寧々は頬を紅く染め「ありがとう」と呟いた。その後も無言に近い会話が続いた。寧々の反応は、恥ずかしさ半分陰り半分と言った様子で、俺はその陰りを感じ、気が気ではなかった。その為俺は、お弁当も程々に、話を切り出した。 「なぁ、寧々はさ、昨日の事どう思って、俺に弁当を作ってくれたの?」  俺がそう言うと、寧々はチラリとこちらを見た後、顔の陰りを増しながら言った。 「お礼、です」 「お礼?」 「はい。あの中庭にいてくれたお礼。話を聞いてくれたお礼。でしょうか」 「そう……」  気の利いた言葉は出なかった。そんな事でお礼をしてしまうのは、今までそんな事すらされなかったからだろう。他の生徒としても、他人の死にあまり深く立ち入りたくなかったのだろう。そして少しの静かな時が過ぎ、寧々がその空気を気まずいと感じたのか、いつにも増して明るい声で言った。 「そう言う事なので、ドンドンお弁当を食べてください。力作ですよ!彩に作った時もとても喜んで……優斗さん?」  そこまで言って、寧々は俺の異変に気付き、首を傾げた。だがその振動で、目尻に溜まっていたものが流れ、寧々も気が付いた。 「あれ?……すみません、突然泣いてしまって、今特に何かあった訳ではなくてですね、そう、目にゴミが入ってしまって」  寧々は留まる事無く流れ続ける()に動揺しつつも、誤魔化そうと言葉を連ねる。だが、やがて言葉を連ねるのをやめ、心根を話し出した。 「……今日は本当にお礼のつもりで誘ったんです。お弁当を食べ終わったら普通に接しようって。だけど、無理でした。彩のことを思い出すっていうのもありますけど……少し、悲しかったなって言う気持ちも出てしまって。駄目ですよね。居るかもわからない真犯人を一緒に探そうなんて……でも、そんな話を最後まで聞いてくれたのは優斗くんが初めてでした。みんな、彩の話を出した時点で断っちゃって。ですので、ありがとうございました。これからも友達でいてください」  そう言って寧々は(はかな)く微笑んだ。その笑みを、俺は真正面で受け止めた。寧々の、今にも消えてしまいそうな儚い笑みは俺の心の何かを動かした。 「寧々」  俺がそう呼ぶと、心を落ち着かせ、涙をハンカチで拭き取っていた寧々がこちらを向いた。 「俺、寧々の事手伝うよ」 「え……」  寧々は、俺の言葉に硬直した。そして数秒後、意識が戻ってきた寧々は動揺しながら言った。 「えっと、優斗くん。もし同情とかしてくれて言ってくれているなら大丈夫だよ。私も同情を誘うように泣いちゃったけど……」 「いや、過程はどうあれ、俺は寧々のする事を手伝うよ。昨日断ったのは、面倒くさそうみたいな、怠惰な理由なんだ。そっちから何かアクションがなくても、こっちからこの話はするつもりだった。だから、さ。寧々の事、手伝わせてよ」  俺がそう言うと、寧々は俺の言葉を受け止めるように目を閉じ、数秒の後に顔を上げた。その目尻にはまた涙が溜まっており、俺は少し動揺したが、寧々はそんなことを気にせず話し始めた。 「本当に手伝ってくれるんですか?手掛かりも何もないですけど……本当に手伝ってくれますか?」 「あぁ、手伝う」  寧々の言葉に俺がそう返すと、寧々はポロポロと涙を流した。 「ありがとう、ございます」  そう言いながら顔を綻ばせた寧々の笑みは、先ほどの儚い笑みではなく、()の感情が現れた、面々の笑みであった。
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