もうちょっとだったのに

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 引っ越したばかりで土地勘もなく、ただひたすら不動産屋に教えてもらった道を行き来し、家から駅へと通う毎日でした。  家までは徒歩三十分。多少は歩きますが、大きな通り沿いなのでそれほど迷うこともなく、多少の夜道でも人通りもあったので、それほど不便を覚えることもありませんでした。  ひと月ほど経った頃でしょうか。  その日はたまたま遅くまで仕事が入り、住まいを変えてから初めての終電での帰宅となりました。  元々ベッドタウンだからでしょうか、普段よりも閑散とした駅はどこか物寂しく、心細いような感覚を覚えたものです。  さすがに今から三十分を歩く元気もなく、タクシーを使うほどの懐の余裕もなかったものですから、目に留まった深夜バスに乗ってみることにしました。  普段乗らない深夜バス。乗客は私だけ。しんとした車内に車のエンジン音だけが響いています。  時間になったのでしょう、運転手は私を見ることもなく、機械的に扉を閉めました。  発車。  車内は空調も整っている。  疲れもあったのでしょう。うとうとと眠りかけては、乗り過ごしてはいけないとはっと目を覚ます、を繰り返しておりました。  ふと気づくと、車内に乗客が増えておりました。私の二つ先のシートに腰掛け、背筋をピンとのばしている。いつのまに乗り込んできたのでしょうか。それとも、気づかないくらいに深く、眠りに落ちていた瞬間があったのでしょうか。  まだ若い男性のようでした。  きっちりと背広を着込んでいるその背中に老いを感じるものはなく、短く刈り込んだ頭髪の手入れも行き届いている。しっかりと前を見据えているような姿に、ほほえましさを感じました。もしかしたら新卒なのかもしれません、こんな遅くまでご苦労なこと。  そんなことを考えていたときのことでした。
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