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書庫の王
どうも僕は死ぬらしい。
鉄の門扉との格闘に疲れ、背を向けて寄り掛かった。
膝がくだけて尻をつくと、足元に転がった本を手に取った。
和装の写本だ。源氏男女装束抄。源氏物語の登場するファッションに関する、大昔の注釈集。縹(はなだ)色の表紙の中に、くたびれたぺらっぺらの紙が袋とじにしてある。
親指でぞんざいに繰ると、白い煙がわいた。
埃まみれの古書を持つ手は、滑らかで皴一つない。まだ若い。
この手は・・・。絶望に身を預けながら、僕はとりとめもなく思った。
講堂で眠気と闘いながら、教科書をめくった手だ。飲み会でビールグラスを友人のそれとぶつけた手だ。就職活動用のエントリーシートを注意深く埋めていた手だ・・・そんなことだけじゃなく、目覚まし時計止めたり、テレビのリモコンボタンを押したり、女のおっぱいまさぐったり、定期券改札にかざしたりしてくれた。
こいつは僕の平凡な生活を盲目的に支えてくれていたのに、持ち主が間抜けだったばっかりに、僕もろともここでうごかなくなり、秋口、ミイラのように干からびて発見されることになる・・・
お門違いな同情をしかけて、ふと思い出した。
そうだそれに、この哀れな手は、ズボンのポケットじゃなくカバンにケータイ入れやがったんだ。同情の余地はない。
そこでまた、うんざりして本を放り出した。ケータイがあれば、どうにか外と連絡を取って、助けを呼べた。
怒鳴られたって単位落としたって留年したって退学だって、死んじまうよりはましだったのに。
また足元に転がった源氏男女装束抄は、半開きで真ん中のページが折れていた。
なんてみっともない死に方をするんだ僕は。
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