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夏の昼間にしては少しだけ涼やかな風が吹き、風鈴が揺れる。
祖父の家の縁側に吊るされた風鈴は、チリンと可愛らしい音を立てた。
今日僕が祖父の家までやってきたのは、祖父の遺品を整理するためだった。
幼い頃祖父には大変可愛がってもらったので、クーラーもない田舎の古い家での作業は、あまり苦にはならなかった。
そして僕は風鈴の音を聞きながら、ある少女のことを思い出していた。
僕が小学生の頃、夏休みには必ず祖父の家に遊びに行っていた。
山でクワガタを採り、海で真っ黒に日焼けして、祖父に褒められたくて丁寧に絵日記を書く、そんな日々だった。
そんな日々の中にある日突然現れたのが、彼女だった。
僕はまだ幼く、記憶は朧気にしか残っていない。
それでもたった一つはっきりと覚えているのは、祖父の家の縁側で彼女と西瓜を食べたことだった。
僕は西瓜を食べるのが得意で、勢いよくかぶりついては庭先へ種を飛ばしていた。
彼女はゆっくりと西瓜を食べながら、そんな僕を見て笑っていた。
柔らかそうな髪が風に揺れ、ワンピースの袖からスラリと伸びる腕の白さがやけに目に焼き付いた。
風鈴はチリンと可愛らしい音を立て、僕はなぜか彼女から目を逸らしてしまった。
今思えば、あれは初恋だったのだろう。
彼女の笑顔を見た時の、胸の鼓動も顔の火照りも幼い気恥ずかしさも。
彼女に会ったのはそれきりだったが、今の僕はそれで良かったのだと思っている。
祖父の葬式で噂好きな親戚のおばさん連中が何やらヒソヒソと話していたのを聞いてしまったのだ。
彼女は祖父の隠し子だった、と。
あの時は従姉妹か何かだと紹介されたような気もするが、彼女は僕の叔母だったのだ。
僕はそれを聞いた時不思議な可笑しさがこみ上げてきて、誰にも気づかれないようにくつくつと笑ってしまった。
ひと夏の思い出は、僕が思っていたより美しいものではなかったのだ。
祖父の遺品の中には、彼女に関するものは何もなかった。
名前も知らない少女は、今どこで何をしているのだろうか。どうやって生きてきたのだろうか。あの日なぜ祖父の家にいたのだろうか。
ふと気づけば辺りはもう夕闇に飲まれかけていた。
夏の夜の風が柔らかく吹いて、風鈴が微かにチリンと可愛らしい音を立てた。
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