第3章

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「来たぞ。」    俺も少しかがんでパネルの下を差に潜り込むと朝霧は何も言わず場所を開けてくれる。きっと本当は優しいやつなんじゃないかと勝手ながらに俺は思っている。    「ああ。」      朝霧は多重人格なのではと疑った時期もあるぐらい教室と俺の前では態度も話し方も違う。おそらく俺の前での性格が本性だろう。2週間、朝霧といて、だんだんこいつのことがわかってきた。      「卵焼きいるか?」  「ん。」    朝霧を取り巻く環境も。  朝霧の家庭はいわゆるシングルマザーと言うやつで一般家庭よりは貧乏だ。そしてこれは俺の予想だがおそらく虐待を受けている。以前見てしまったのだ。朝霧の身体にひろがる幾つものあざというあざを。その時は気が動転して朝霧を問い詰めたが、朝霧は別にいいだろと言ってそれ以上の追求を許さなかった。でもいくら貧乏だからといって卵焼き一つ作ってもらえないほど貧乏ではないと思う。それでも朝霧の口から何か教えてもらうまで俺は面倒事は避けたい。      「ありがとう。」    朝霧は俺の箸に挟まった卵焼きをそのまま口に咥えこむ。いわゆる“あーん”ってやつだ。最初はびびったが慣れというのはつねづね恐ろしい。俺はなんの反応もなく卵焼きを頬張る彼を見つめた。    白い肌に、黒いサラサラの髪、半袖のシャツは少しダボダボで美味しそうに卵焼きを食べる表情。そこに流れる汗。しかし、その下に広がるのは色を変えた痣、手当のされていない暴力痕。その全てに触れたくて…。  
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