見習いの英雄

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見習いの英雄

 森に入って既に3日目になっていた。  繁茂する草木の中を駆け抜ける大猫の速度は通常の乗用動物として用いられる馬や地竜とは比べ物にならず、道無き道を一直線に進み続けた。  ほぼ1日中猛スピードで走り続ける大猫に乗っているアナは、今ではどの様に振る舞えば猫が自分の思う通りに走るか要領を掴んでいた。  移動中でも余裕が出来て、背中の上でダキと瑣末な会話も出来る。 「アルマさん達はあそこから約2週間でリストーニアに到着するらしいけど、私達はどれくらいで森を抜けるのだろうね?」 「うーん、この森の事は分からないなぁ。だけどアルマ様がお待ちだから急がないとな」  アナとダキを乗せた大猫はその日の夕暮れになった頃についに森を抜けた。 「凄いね! もう森を抜けちゃったよ。この速度なら明日にはカーノルディンに着きそう」 「へぇ、そうなのかー。森の外は、風があって気持ちいいぞ」  その日は平原で野営を行った。次の朝、何の障害も無い草原を走る大猫はさらにスピードを上げ、日が高い内にカーノルディンの北の砦が視界に入って来た。  大猫はそのまま勢いを殺す事なく砦の入り口へと向かう。  以前の戦いでゴーレムによって破壊された石造りの砦は修復されており、真新しい砦に隣接した詰所から大猫の接近を確認していた衛兵達10人が武器を構えて出て来た。 「な、何だ! あの魔獣は!」 「どうも、こんにちは」 「あはは、もう着いたな、猫。おまえに乗るのは面白いぞ」 「おい、止まれ!!」  アナは衛兵達が慄然として武器を下げない様子を見て、自分が乗用して来た愛らしい動物が不自然であることを思い出した。 「あの……。この子は人間に危害を加えたりしません。ちゃんと使役しているんです」 「この大きな魔獣をだと……」 「はい。ですから、中に連れて行きますね」 「ちょ、ちょっと待て。それは不味い。こんな大きな魔獣が入るのは使役しているとしても駄目だ」 「えー、そんな!」 「冒険者かね? 身分証明は?」  アナは冒険者証のプレートを衛兵に見せた。 「魔獣使いか……にしても随分と大きな魔獣を使役しているのだな。見事だが中に入れる許可は出せない」 「困ったわ……。どうしよう」 「いいぞ、アナ。街に行って来い。中は安全だろ? あたしと猫はこの辺で野宿して待ってるぞ」 「ダキ。いいの? 一人にするのは心配だけど確かに猫は置いていけないよね。じゃあ、後で食べ物とか持って来るからね。少し待っていて」 「ああ、あたしは大丈夫だ。行って来い」  子供に見えるダキを置いてアナが一人で中に入ろうとするので、衛兵達はこれも制止したが猫を扱える者がいなくなるのも困る。ダキは衛兵達の詰所に預けられ、大猫はその横で休ませることになった。  ようやく領内に入ることが出来たアナは、最初に冒険者組合に向かう。  ここはコントリバリーと街の構造が良く似ているので、直ぐに場所を見つけることが出来た。入り口には冒険者への依頼が書かれている掲示板が置いてあり、何人かがそれを眺めている。  居酒屋の区画では食事を取っている者が数人見受けられた。  その中にジュリの姿は無かったがアナは一度だけ会った事がある人物を見つけた。不慣れな街で少しでも見知った人間がいたことを幸運に思いその男に話しかける。 「こんにちは。ネビル・ニーランドさんですよね。一度コントリバリーでお会いしたアナ・ケトリーです」 「ん!? アナ・ケトリーか!」 「はい。実は今ジュリさんを探しているのですが、何処にいらっしゃるかご存知ありませんか?」 「うむ。こっちは、準備をして待っていたぞ。蛮族の方はどうだったのだ?」 「えっ? あ、はい。今、対悪魔の精鋭部隊500人位がリストーニアに向かっています」 「精鋭が500人か……。ふむ、それは、どの程度のものなのか……」 「あの、それでジュリさんは、今どちらに?」 「ああ、ジュリは今コントリバリーにいる。かなりの数の義勇兵が集まってな、その説明や支援者達と話をする為にだ。しかし、もう用意は整っているぞ」 「ほ、本当ですか!」 「ああ、ここの領主の方も兵と攻城用の道具などを都合してくれた。ところで、蛮族達はいつリストーニアに攻撃を開始する?」 「はい、10日程後には到着すると思います」 「よし、それなら丁度良いか。では、3日程待っていてくれ。コントリバリーやその他からジュリが準備していた連中を連れて来る」 「はい、分かりました」 「3日後に、またここに来てくれ」  ネビルは急いで食事を終えてホールを出て行った。  3日待てと言われても何もする事が無かったので、食料を調達して北の砦にダキの様子を見に行って見ることにした。  途中歩きながら街の様子を眺める。  やはり中央広場は一部分だけ立ち入り禁止のままだったが、そのほかの場所は解放されていた。  未だに地下遺跡の調査は続いているのだろう。  以前の戦いで破壊された北の砦は既に修復が終わったようで、周辺は綺麗に片付けられていた。  アナは衛兵に挨拶をしてダキと別れた詰所を訪れた。 「あはは、おっさん。怖がりだなぁー。こいつは大人しい奴だぞ」 「いやいや、ダキちゃんよ。こりゃ無理だわ!」  裏手の方からダキの声がするので、そこにいってみると大猫が衛兵の尻を鼻でつつき、それに対して男は爪先立って飛び跳ねダキの後ろに回り込む。 「ダキ! みんなを驚かせちゃダメだよ」 「あ、アナだ」 「ああ、さっきの冒険者の……。この子は凄いねぇ。使役しているとはいっても魔獣に恐れる事も無い」 「すいません。ご迷惑を掛けてしまって」 「いやいや。ところで、あんたアナさんって言うのかい? もしかして、アナ・ケトリー?」 「え? ええ、そうです」 「そうだったのか。どうりでこんな魔獣を使役している訳だ……とんだ有名人にあったもんだな。しかし、こんなに若いお嬢さんだとは人は見かけじゃない無いものだ」 「え!? ええ……。そうですね……あはは」 「アナ。もう終わったのか?」 「ううん。3日待つことになったの。だから私もここにいるね」 「おいおい。ここに、後3日もいるのかい?」 「はい、すいません。ご迷惑にならないように。隅の方にいますので」 「あ、ああ、構わないが、夜は門を閉めるし俺たちは中に入ってここは誰もいなくなるが……」 「ええ、勿論構いません」 「まぁ、大魔術師とその魔獣なら大丈夫なのかも知れんが。もし夜に何かあったら門を叩いてくれ、誰かは出て来るし俺からも夜の当直には言っておこう」 「はい、ありがとうございます」  アナとダキそして大猫は砦の近くで野営をする事にした。  これまでの危険な森の中と比べれば随分と安全に感じる。  2日目にはすっかり衛兵達と仲良くなっていたアナとダキは、詰所の中で衛兵と一緒に食事を摂り、検問の仕事を手伝う様になっていた。 「昨日と違って今日は随分と人が入って来ますね」 「ああ、何やら冒険者達が大きな集会を開くとか言っていたよ」 (それって、義勇兵の事かな……) 「それにしても、有名人に仕事を手伝ってもらうのは気が引けるねぇ」 「え!? いや、良いんですよ。何かしてないと落ち着かなくて。あはは」  そして3日目の朝。まだ寝ていたアナはダキに起こされて寝ぼけ眼で起き上がる。 「あらあら。何処にいるのかと思ったらこんな所で野宿していたんだねぇ。これじゃあ、格好が付かないじゃないか」 「あ! ジュリさん! おはようございます」 「蛮族の方も上手くいったようだねぇ。ネビルから聞いたよ」 「はい。義勇兵の方も集まったって聞きました」 「ああ、そうさ。ここカーノルディンに続々集合しているねぇ。全員が戦闘する訳じゃないが、手伝いも含めて1,500人は居ると思うよ。殆どがリストーニア人さ」 「そんなに!」 「これから決起会をするから中央広場にこの後直ぐに来ておくれ。組合ホールじゃもう入り切らないのさ」 「はい! 分かりました!」  アナは食事を摂り身支度をしてから再びカーノルディンの門を通った。  ダキと大猫はまた外で待つ事になる。  中央広場では立ち入り禁止になっている区画を除いて、この小都市では見られないような大きな人集りが出来ており、乱雑に転がっている遺跡がいくつか纏っている場所が壇上のように使われて、ジュリとネビルがその上に立ち声を大きくする魔道具を使って何か話をしていた。  騒がしい人集りの中でそれほど背の高く無いアナは、壇上に近づきながら2人を何とか見ようと動き回り話が聞ける場所を探す。 「そういう訳だから、この後、準備が出来たら直ぐにリストーニアに向かって蛮族と合流だ!」 「よし! いよいよ悪魔討伐だな」 「領主のランズフォードさんも多くの支援をしてくれた。砦付近にそれらが用意されているからこの後に確認してほしい」 「おおー。道具の組み立ては俺たちに任せろ」  ジュリとネビルは遠征に関してや、戦闘に慣れていない者達への注意事項等の説明を行なっていた。 「それと最後だけどねぇ。えーっと、人が多過ぎて分からないねぇ……ああ、いたいた。アナ・ケトリーから一言貰おうじゃないか」 「おお! アナ・ケトリーが来ているのか!」 「ああ、俺たちは彼女の名の下に集まったんだ。ぜひ会わせてくれ!」  突然の壇上からの指名にアナは頭の中が真っ白になる。 「ええー! そんな! 私はいいですから!」 「アナ・ケトリー!」 「アナ! アナ! アナ! アナ!!」  集まった人々がアナの名前を連呼し始めた。  アナの側まで降りて来たジュリに手を引かれ、壇上まで連れていかれて拡声魔道具を渡される。  真っ赤な顔をして俯いた少女が壇上でシドロモドロになっていた。 「あ、あの。ジュリさん、私は何を言えばいいでしょうか……?」 「なんだっていいんだよ。この場を少し盛り上げてくれたら、それでお終いさ」  アナは壇上の中心に立って身震いをしながら顔を上げた。  胸の鼓動が早鐘を打つ様だ。壇上から見渡すと一体何処からこんなに集まって来たのかと不思議に思う程の沢山の人々がこちらを見ていた。  皆が希望に満ちた清々しい顔をしており、これから向かう場所への意義を改めて感じさせる。  アナは、今は離れているが一緒に難事を乗り越えて来たアルマやエレノア、そしてリサ達の事を思った。そしてここに集まった人達のこれまでの気持ちを考えると胸が詰まる思いになる。  彼女達とこの人々の想いを繋ぎたい。 「あ、あの、みなさん! アナ・ケトリーです」 「そんなの知っているぞ! みんな、あんたの名の下に集まったんだ!」  会場の皆がどのような大魔術師が現れるだろうと待ち焦がれていた中、まるで見習いの様な若い魔術師が壇上に現れたので緊張が解けて穏やかな雰囲気になった。  からかう様な声を出した男の言葉で皆が一笑する。 「悪魔達は国を奪いました。私は蛮族の国にも行きましたが、そこでもやはり人々の生活を暴力で奪おうとしていた。彼らは元々そんな種族なのだと思います。だけど、こういうことを私達は認めちゃいけないと思うんです」 「ああ、その通りだ! 認めるものか!」 「え、えっと。少し前ですが私の故郷のトレステッドが巨人とオーク達の襲撃にあった事は皆さんもご存知だと思います。私、その時思ったんです。もし巨人やオークに故郷が蹂躙されてしまったら、帰る場所を失ってしまったらと考えると……もう胸が張り裂けそうで……」 「しかし、あんたがそれを止めたじゃないか!」 「大したものだ!」 「あ、あの。帰る場所は何よりも大切だと思うんです。だから私も本当に微力ですが、何とかして皆さんのお力になりたいと思っています。それに、リストーニアの皆さんにとって希望があります」 「希望だって? あんた以上の希望があるのか?!」 「私はここに来る前までケアネイ……蛮族の国から来る精鋭部隊と一緒に行動していましたが、そこにはリストーニア第3王女殿下がいらっしゃいます」 「何! 王族がまだ生きているのか!」 「しかし、第3王女殿下なんて聞いたことがないぞ」  集まったリストーニア人達がざわざわと騒ぎ始める。 「エレノアさ……エレノア第3王女殿下は、イーガン第2王子殿下の双子の妹さんなんです。生まれて直ぐに内緒の扱いになってしまって、公にならなかったですが。今は宮廷魔術師団の生き残りの方達を連れて蛮族と一緒に遠征に参加されています」 「双子の……なるほど。あの古臭い宮廷なら隠してしまいそうだな」 「蛮族と同盟を組んで悪魔を討つ計画はエリッサ陛下のご計画だったみたいです。王女殿下はそれを託されて今こうやって戦っているのです。だから皆さんも一緒に戦いましょう。帰る場所を取り戻すために!」 「ああ、やってやるぜ!」 「王族が未だに戦っていたなんて、いい話が聞けた! さすが俺たちの英雄だぜ!」 「いいぞ! アナ・ケトリー! あんたに付いていくぞ!」 「アナ! アナ! アナ! アナ! アナ! アナ!」 「そ、そんな私なんて、ジュリさんとネビルさんが指揮をしてくれると思いますので私はこの辺で……」 「ふふふ。いい具合に盛り上げたんじゃないのかい」  アナは自分の名前を連呼される中、逃げる様に壇上を降りた。そこへ良く見知った仲間のブレダとセイジ、そしてハンスが来た。 「アナ、お疲れ様。良い話だったな」 「みんな、来てくれていたのね!」 「ああ、少しでも手伝いが出来ればと思ってね。ところで、これはもう見たのかい?」  ハンスは荷袋から貼り紙を取り出してアナの前に広げて見せた。ようやく緊張が解けたアナだったが、またもや顔が真っ赤になる。 「な! 何これ……暴風竜巻姫!?」 「今回の件については、箔が付いて良かったんじゃない。これだけ集まったんだからさ」 「ちょ、ちょっと……ジュリさん、もう……」 *  蛮族達の精鋭部隊は森を抜けそこから数日の道程を経て、ついにリストーニアまで到着した。彼等の都を奪還した時と同じ様に、召喚動物などを使って防壁内部の監視が始まる。  何匹か召喚動物は殺されてしまったが、中の状況はおおよそ窺い知る事が出来た。  本陣の天幕の中ではリサとダリオの申し出により城壁を前にして、代表者が集まり作戦会議を行っていた。 「石の壁は厄介だという事は分かりました。堀もかなり深く頑丈な作りになっていますね」 「ああ、そうだ。例えアルマが壁を破壊したとしても、堀を超える等、難関が幾つかあるんだ。しかもここの壁は2重だからな」 「中に侵入してしまえば、引き上げられている可動橋を下ろす事も出来るから、そうなったら一気に攻め込めるけどね」 「まぁ、これから来るかも知れない援軍が攻城用の道具を持っている事を期待してもいいが」 「お互いに魔術の攻撃範囲は同じ様な物、アルマさんに攻撃してもらっても、敵から反撃は受けてしまいますね」 「そうだな。敵の数も多い、調査では下級アンデッドが3,000体から4,000いたのだろう? それに悪魔達がおそらく200以上はいる」 「そういえば、中にいる悪魔は人間の姿をしていないそうね。分かり易くて良いわー」  会議をしていた天幕の中に蛮族の女が入って来た。 「あ、皆さん。ご紹介しましょう。アルベの使者ミチです」 「皆様、初めまして。僭越ながら陪席に着かせて頂きます」 「初めまして。今度アルベの事や、敵の拠点の事を聞かせてくださいね」 「承知いたしました。王女殿下」  そこにもう一人蛮族の男が入って来る。 「ご報告します。リストーニアの援軍らしき一団がこちらに向かっておりまして、間も無く到着するとの事です」 「おっ! アナが戻って来たんじゃないの」  会議は中断されて援軍を迎える為に皆が表に出る。  見晴らしの良い草原で、遠くからこちらに向かって来る一団が見えた。  その先頭には茶トラの大猫が走っており、その後に沢山の馬車が続いている事が分かる。 「うわ。凄い人数じゃないの?」  リストーニア側のエレノアやサミル、ケアネイ側のサグナとアグナや、呪術師の長などが並び援軍の一団を迎え入れる。  アルマとリサとダリオは公式に迎える面々とは別に、高台になっている場所に立って遠くから徐々に増えて来る援軍を見守っていた。  最初に到着したのはアナとダキを乗せた大猫でエレノア達の目の前まで来た所で勢いを殺さず、距離はあったがそのまま高台にいるアルマの元までジャンプした。  目の前まで来て自分達を飛び越えて行った大猫に驚き蛮族の長達が尻餅をつく。 「アルマさん! ただいま戻りました!」 「おかえり、アナ。凄い人数が参加してくれるんだね」 「それにしても。凄い運動能力だよね。その魔獣さ」 「ええ。それに、とっても賢いんですよ! 人の言葉も理解しているんです!」  続々と後に続く援軍は、いかにも冒険者らしく不揃いで到着していた。  宮廷魔術師団の姿をしているエレノア達の前には沢山の義勇兵が挨拶をしに来ており、中には膝をついて畏まる者もいた。  リサはジュリとネビルの姿を見るとそこへ挨拶をしにいった。 「ジュリ。随分と大仕事を引き受けてくれたのね。面倒臭がりのあなたにしては珍しいんじゃないの?」 「リサ。あたしはただ不浄無き無垢が救われる。そういう世であるべきと思っただけさ。どうだい乙女だろ?」 「あはは。だけどあの子は救われようなんて微塵も思ってないでしょうけどねー」 「ジュリはな、あの子に骨抜きにされたようだぞ」 「ふん、おかしな事を言うんじゃないよ。ネビル」  大勢がその場に到着したのでエレノアや蛮族の長達が全員を迎え入れるまで随分と時間が掛かった。  攻城用の道具などが一式揃えられており、早速それらの組み上げ作業が行われている。  援軍との合流が落ち着いた所で、再びそれぞれの代表者達が攻城について意見を出し合う為に本陣で話し合いを始めた。 「まぁ、さっきまで話していたのはそんな感じなんだけど。攻城用の道具も大体揃っているみたいだし、なんとかなりそうだよね。あとさ、ネビルは知っているけど、ジュリはアルマの事は公にしない事になっているからよろしく。まぁ、今は人の姿と変わらないし大丈夫だと思うけど」 「へぇ、そんな隠し玉あったなんてねぇ。それなら侵入さえ出来れば随分と楽が出来そうじゃないか」 「その侵入なんだが、一つ案がある」 「お、いいね、ネビル。どんな案?」 「ここまで一緒に、あの魔獣と数日行動を共にしていたのだが運動能力がなんというか……。まぁ、猫みたいな物なんだ」 「さっきも凄い距離を跳んでいたよね」 「それでいて、アナがいうには人語を理解し相当に賢いらしいね」 「ああ、そうだ。それで、あの運動能力なら引き上げられた可動橋を飛び越えて、中に入れると思わないか? さらに言うと中で可動橋のレバーを下げる事が出来ないだろうか?」 「あの、魔獣がそこまで出来るのか?」 「うーん、アルマはどう思う?」 「どうだろう。そんなに複雑な事が分かるかな……。ちょっとダキを介して直接聞いてみようかな」  アルマは本陣の天幕を出て休憩を取っていたアナとダキと大猫の元に向かった。  各代表者達もアルマについて行く。  アルマが皆を連れて来た所を見てアナが立ち上がった。 「アルマさん、どうかしました?」 「うん、えっと実はね。猫の事なんだけど……」  アルマは作戦会議で話題になっている大猫の事をアナとダキに話した。その間、大猫は喉を鳴らしながらもアルマの話に耳を傾けている。 「アルマ様、それなら大丈夫ですよ。こいつ詳しい事を知りたがっています」 「え!? そうなの……」 「おまえ、今回は難しそう何だけど、大丈夫かな?」 「ニャー」  それを見てダキはアルマに相槌をして答えた。  大猫を頼る形で大まかな作戦が決定する。可動橋を下げて門の内側から閂を外して開けられるようにする。  猫の手で門を開けるのは難しいと思われ、さらに中に進入すると悪魔達の攻撃が予想されるので、そこからは丸太に持ち手と屋根を付けた突撃用の兵器を蛮族と冒険者が使い門を破って突入する。2つ目の防壁も同じ様に猫が壁を乗り越え、内側の閂を外して冒険者達が丸太を使って突撃する。  アルマはダリオにお願いして大猫に作戦の詳細を伝えてもらう事にした。  ダリオは最初こそ訝しげに猫を見えていたが、従順に話を聞く猫に対して熱心に地面に枯れ枝を使って絵を書きながらわかりやすく説明を行っていた。 「中は敵がいっぱいでしょう? ちょっと心配だな」 「まぁ、あいつならきっと上手くやると思うけどな」  部隊全体にも作戦が伝えられ大猫は少しでも動きやすくする為に、鞍や身に着けている物を全て外された。代表者達も大猫の動向を見守る。 「リサ……。私、託された役割を……とにかく王妃陛下の御計画を成し遂げる。その使命感でなんとかここまで来たけど。さっき挨拶して思ったのよ。なんていうか王族とかそういう事が考えられなくて……大勢の人が集まっていよいよ戦いが始まると思うと何だかその重責に押し潰されそう……私はやっぱり孤児院出の一人の魔術師にしか過ぎないのかなって思う」 「エレノア。あんまり戦いの前に余計な事考えない方良いんじゃ無い? 大丈夫だと思うよ、みんな助けてくれるしさ。身分の事なんて後で考えなよ」  いよいよ作戦開始となりアナとダキは大猫を見送る。 「危なくなったら逃げるんだよ。ヨシヨシ」 「猫! 気を付けていけよ」 「よし……。じゃあ、お願いね!」 「ニャー」  最後にアルマの声を聞いて大猫は可動橋が引き上げられている橋に向かって走り始める。  その50メートル手前付近から一斉に魔術による攻撃が始まった。  大猫は蛇行切って攻撃を巧みに掻い潜る。可動橋の引き上げられた橋の手前まで来て、腰を2回ほど振って大猫は飛んだ。それは予想を裏切らない大きな跳躍で前足を引き上げられた橋の先端にかけて、飛び上がったその勢いを利用して直ぐに後ろ足も橋の先端にかける。  そこからもう一度飛び上がり見事に胸壁の中に身を落とした。 「おお! いったぞ!」 「よし、突撃用意だ!」  その後直ぐに金属の甲高い音がすると鎖で止められていた可動橋が大きな音を立て下がり出した。  その直ぐ後に猫が閂を外したのだろう、低い木を打つ音が響いた。  それを聞き冒険者と蛮族達が降ろされた橋を渡り、突撃用の丸太の兵器を持って突進する。  敵は猫の侵入に気を取られて、攻撃が疎らになっており容易に門まで到達する事が出来た。  留め具を失っていた門はいとも簡単に破壊される。 「シャー!」  猫は友軍が門を破るまでの間その場所を確保する為に、アンデッドや悪魔達に対して孤軍奮闘していた様でその姿は傷だらけになっていた。  遠目からそれを見ていたアナは居ても立っても居られなくなり、本来であれば後方の治癒部隊の予定だったが門の方に走り出す。 「アナさんが、いったぞー! 俺たちも続けー!」 「アナ! 1人じゃ危険だよ! ネイア、ダキ一緒に来て!」  アナの後ろには多数の冒険者が続いてそのまま突撃する形になる。  大猫は友軍が門を破ったことを確認すると直ぐに次の防壁を飛び越えた。  外側と内側の壁の間15メートル程は一時乱戦になっていたが、呪術師達が上手く悪魔の攻撃を防御して冒険者が邪魔なアンデッドを打ち取っていく、初めて共闘する多民族同士だったが自然とその連携が取れ、悪魔達の攻撃に対応出来る様になっていった。  少し時間をおいて内側の壁の門からようやく閂が外された音が聞こえた。  丸太を持った部隊が突撃をしようとした時に、両開きの門の片側だけがゆっくりとこちら側に開いた。  それは門を開けた大猫があまりに多くの攻撃を受けてしまい、力尽きて門に倒れ込んでしまった為だった。  それ見て突撃部隊は片側にだけ丸太をぶつけて領内に侵入する。  その後を追って続々と蛮族と冒険者達が中へ雪崩れ込んだ。 「ああ! 猫が、大変!」 「アナさんが、魔獣の治癒に向かったぞ。周辺を固めて敵を近付けるな!」  突撃部隊から少し遅れてようやくアナは猫の元まで来る事ができた。  周りにはリストーニアの冒険者と思われる戦士達が親衛隊の様にアナを守り円陣を組んでいる。 「どうしてこんなになるまで。危なくなったら逃げてねっていったのに……」 「……ンャ……」  アナはマジックサインから治癒魔法を発動した。 〈ライトヒーリング/治癒魔法〉  大猫に向けて間違いなく治癒を行った感触があったが、傷口の見た目が何も変わらない。 「ど、どうしてなの!」  大猫の体からは白い煙の様な霧が出来てその姿は半透明に変わっていく。  アナは何となく理解していた。  召喚獣といってもアルマが召喚した特殊なものだし、普通の生き物とは存在の理屈が違うのだろう。  アナは、大猫の顔を抱きしめた。  大猫は優しい眼差しでアナを見つめていたが全身が徐々に透明度を増していき、ついにその存在事態が消えてしまった。  アルマとネイアとダキも丁度その場に駆け付けて来た所で、皆が大猫を見送る形になってしまう。 「ア、アルマさん! 猫が何処かにいっちゃいました! うううあぁ……」 「猫が……」 「アナ、落ち着いて。ここは危険だから、一度戻ろう。ダキ、アナを安全な場所に連れていってくれるかな」 「はい、分かりました」  あまりにアナが悲しむのでアルマは直ぐにマジックサインからケルト曼荼羅の猫を召喚して見たが何も反応が無かった。 「過度な攻撃を受けると消滅してしまうのかな……可哀想な事をしてしまった……」  既に友軍の大多数はリストーニア内への侵入に成功していた。
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