242人が本棚に入れています
本棚に追加
託された娘
領内への突撃に成功した直後は悪魔達の激しい抵抗もあり、多数の犠牲者が出る事なってしまう。しかし、急拵えではあるが冒険者と蛮族達の見事な連携により戦況は既に優勢に傾いていた。
悪魔達は大量のアンデッドを使って状況を打破しようとするがその連携の前に対抗する事が出来ない。
「リサ、アルマ! 私は城の方に向かうわ。サミル団長、一緒にお願いします。王妃陛下を探さなくては」
「うむ、そうですな。領内は彼らに任せて我々は城に行きましょう」
「分かった。じゃあ、私達も一緒に行くよ」
エレノアを先頭に、アルマ、リサ、ネイア、サミルの5人は城の中を調べる事にした。
リストーニア城は小さく纏まった建物で敷地に入る為には一つ城壁が設けられていたが、門は閉じられておらず周辺には敵の姿は見られなかった。
〈フォアサイト/周囲危険察知〉
敷地の中でサミルが危険察知の魔術を使って辺りを調べる。
ここに来るまで2年前の戦いで多数出たはずの犠牲者の遺体や、戦士達の戦いの跡などは一切見られず綺麗に片付けられていた。
敷地内から城までの石畳の通路は整備された状態のままだったが、その両脇にあるかつての麗しい庭園の姿は無く、そこには雑草が生い茂っていた。
錠が無い門を開けて十分に警戒しつつ城の中に侵入する。城内の照明魔道具は全て消えており、窓から僅かな間接光が入っているだけの薄暗い状態になっていた。
最初に見えたのは廊下の先にある大広間で、注意しながらそこまで進んで見るが何者の姿も見ることは無かった。中は埃で汚れてはいるが争われた形跡などは見当たらない。
高い天井の側面には光を入れる為の複数の大きなガラスが割れており周辺の床にはその破片が散らばっていた。
大広間に隣接する複数の部屋を一つ一つ慎重に確認する。
「城の中は誰もいないのかしら?」
「エレノア様。まだ油断は出来ません。ハレルがここを支配している可能性はありますから」
「ちょっと拍子抜けよね。敵の首領って、そのハレルって宰相だっけ?」
「ええ、そうよ。この奥にある謁見の間に居るのかも」
大広間の最奥には長い階段が設けられていた。
不必要な程の段差と長い階段は古い歴史の中で王の威厳保つ為に作られた物だ。
「ここの上ね。長い階段だから、一応前後の襲撃に注意して行きましょう」
「エレノア様! この上に察知魔術で反応が」
「いよいよかねー」
「分かりました。注意しながら進みましょう……」
「こっちは、アルマもネイアも連れて来ているし、まぁ、大丈夫でしょ」
「リサ。油断しないでね……」
5人は慎重に青い絨毯が敷かれている長い階段を上がる。
アルマとリサは後方からの挟撃を警戒してエレノアと少し距離をとり後に付いていく。
先頭のエレノアの目線が最上段を超え、謁見の間が視界に入って来た。
まず目に入ったのは後方にある大きな壁画で建国のお伽話の場面が描かれている。
そしてその手前側にはかつて2つ同じ作りの玉座が並び置かれていたが、エリッサ用の玉座は取り壊されており、残った玉座には厳粛で歴史ある部屋に不相応な厚かましい態度で座している爛れた顔を露わにした醜悪な女の悪魔の姿が見えた。
「あははは! エレノア! あんた。バカだねぇ。また戻って来るなんてさ。それとも私の事がよっぽど恋しかったのかぁ? ククク」
「ラズ! あなた、そんな不遜な態度で首領にでもなったつもりなの? エリッサ様は何処?」
「エリッサだぁ? んなもん、知る訳ねーだろうがぁ」
エレノアとサミルは階段を進み謁見の間に入る。
「貴様らの首領。宰相ハレルは、どうした!?」
「うるせえ! ジジイ! なぁ、エレノア。お前は必ず殺すと言っておいたよな。お前から殺されに来るなんてさぁ、あたしは嬉しいよぉ? もう、たまんないねぇ」
「私には仲間だっている。あなた何かにやられないわ」
「けっ! 残念だけどなぁ、お前の仲間はもう終わりだよ」
「エレノア! 大丈夫!?」
後方からアルマ達が少し遅れて階段を上がり切ろうとした時、その目の前に何かが落ちて来た。それは湿った黒い肉の塊の様なもので酷い汚臭を放っていた。
「うえぇ! くっさー! 何だ、こりゃ!?」
リサがあまりの異臭に敵を目の前にしながらも鼻をつまんだ。
アルマは上から落ちて来た黒い塊の正体を確かめるべく天井を見上げると、大きな黒い影の中に瞳孔が無い純白の眼球2つがこちらを睨んでおり、それと目が合ってしまう。
同時にその大きな黒い影は真っ直ぐにこちらに向かって落ちて来た。
「え……」
「うわあああ! まじか!」
「アルマ様! こちらに!」
天井の存在に思わず目を奪われ初動が遅れたアルマを抱えてネイアが階段下にジャンプする。
リサはアルマよりも早く反応して逃げ出していたので、何とかそれを避ける事に間に合った。
天井から黒く巨大な竜が落ちて来てアルマ達が先程いた付近の階段に着地するが、その衝撃に耐え切れず長い階段が崩壊して、辺り一面に砂埃が舞い上がった。
「なっ! あんなアンデッドまでいたのか!」
階段が崩れ、さらには竜に阻まれエレノア達とアルマ達は完全に分断される形になってしまった。
エレノアに加勢しようにも目の前の巨大なアンデッドを排除しないことには、どうすることも出来ない。
「エレノア! 何とかするから、持ちこたえて!」
「分かった! こっちは大丈夫!」
「はっ! ドラゴンゾンビを目の前にして余裕こきやがって、バカじゃねぇの?」
「あなたは、私の仲間の力を知らないだけよ」
「はぁ? しゃらくせぇなぁ! まずは、てめえから血祭りに上げてやる!」
ラズは背中の黒い翼を広げて飛び上がり天井の高い謁見の間の構造を上手く利用して、空中で旋回したり蝙蝠の様に突如軌道を変えたりしながら魔術による攻撃を始めた。
エレノアとサミルは敵の素早い動きに背後を取られないよう背中合わせになり応戦する。
〈リパルション・エナジー/反発防御〉
〈ディテクト・マジック・オーラ/魔術防御の気纏い〉
防御を展開して魔術攻撃で反撃する。ラズとの攻防が始まった。
〈アシッド・スプラッシュ/酸の飛沫〉
〈エレクトリック・ジョルト/電撃の光線〉
エレノアはこれまで何度も悪魔と戦って来たが目の前のラズはそのどれよりも強敵だった。
まるで三下の様な物言いをする頭巾を被る元同僚は、実は上位悪魔であったと認めざるを得ない。
熟練の魔術師サミルと戦い続けているにも関わらず戦況は徐々にラズが優勢になっていた。
余裕が無くなったエレノアの一瞬の隙を突いてラズの強力な爆裂魔法が放たれた。エレノアは防御魔法を破壊されてしまい、そのまま爆風に巻き込まれ吹き飛ばされる。
「あぁ!」
「エレノア様!」
エレノアは数メートル先に吹き飛ばされて思わず杖を落としてしまう。
そこにサミルが駆けつけてすかさず治癒魔術を施した。
ラズも相当なダメージを受けており直ぐに追い打ちをするまでには至らなかった。
杖を拾い上げた時にエレノアはある変化に気が付いた。『蒼水晶の杖』をエリッサから譲り受けてから気になっていた事。それは蒼と名がつく杖にも関わらず先端の水晶は光を通すと七色に輝く事もあるが、基本的には無色透明であった。
しかし杖自体は魔術を発動する触媒として優秀で常に愛用してきた。
ラズとの戦いの中でも普段と変わらない使い方をしていたが『蒼水晶の杖』の透明だった水晶部分が今は青白くなっていた。
サミルもその変色した水晶に気が付き眉間に皺を寄せながら何かに思い当たった様子でエレノアに小声で話かけてきた。
「エレノア様。以前エリッサ様から聞いたことがあります。杖の水晶はこの城付近で使用すると魔術攻撃の際に強力な魔導具になると。もしかすると杖を触媒にするのでは無く水晶部分を使う道具なのかも知れません」
「サミル団長。わかりました。使い方を探って見ます」
「私が時間を稼ぎますので……杖の使い方が分かれば一気に押し返せるかもしれません」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる! 舐めやがってクソが! 次は仕留めてやる!」
*
謁見の間の下の階層、大広間では汚臭を撒き散らす腐った竜とアルマ達が戦いを始めていた。
「あああ! でかいし、臭いし、気持ち悪いし。何なの、もう!」
「どうしよう、室内で爆発系は出来ないしなぁ。外じゃないと雷は落とせないし。風で何とかなるかな」
「とりあえず、アンデッドなら炎だろうけど、私苦手なんだよねー」
〈アーク・オブ・ライトニング/雷撃〉
リサの雷の攻撃を受けドラゴンゾンビは多少ダメージを負うが巨体に対して致命的な一手にはならない。
アルマが攻撃を迷っている間に竜はジリジリと前進を続け大広間とはいえ距離を縮められて行く。そして広間の中央付近まで来たところで、竜は大きく息を吸う仕草を見せた。
「やばい! ブレス来るよ! だけど、ゾンビのブレスって何さ!?」
ネイアが敵の未知の攻撃に対して氷の壁を用意しようと一歩前に出る。
背中を丸めて首を前に出したゾンビは溜めていた息を一気に吐き出した。
大きな動作を行った為に胴回りの身体が幾らか崩れ、腐った肉をボトボト落としながらも開いた口からは緑色のガスが放出される。
「アルマ! 気流で避けて! 毒だ!」
「えっ!? 了解!」
アルマは慌てて風の精霊魔法で上昇気流の壁を作りガスを吹き飛ばす。
「あっぶなー。ネイア! 近寄られないように足に攻撃を集中しよう!」
リサとネイアが後ろ足に集中攻撃する。
リサは雷の攻撃、ネイアは氷の攻撃とバラバラの属性だったが脆いゾンビの右後ろ足が崩れた。
しかし痛みを知らない竜はその場に伏せて、まだ動かせる前足を使いゆっくりと前進を続ける。完全に接近されて物理攻撃を受ける前に何とかしなくてはいけない。
「アルマ! 何かないの!? ネイアの壁で守りながら、炎の玉でも良くない?」
「室内では危険だよ! 待って! 爆発じゃない炎が確か……」
アルマはマジックサインの中から目当ての魔術を見つけた。
初めての実験において炎を出す事に成功した原始的な魔法陣。
特にもう必要ないと思っていたが消す事はしていなかった。
アルマはその単純な魔法陣を迫り来る竜に向かって複数同時に展開した。その数は何重にも円を描くように展開されアルマの前は無数の魔法陣で埋め尽くされる。
炎の玉すら生成出来ない魔法陣だが、単純に魔力を注ぎ込めば素直に炎が吹き上がる。
リサは異常な数の魔法陣を見て嫌な予感を覚えて後方へ避難した。ネイアはアルマの攻撃の邪魔にならない様に一歩下がる。
「これでどうだ!」
アルマは一斉に魔法陣を発動させた。
この魔術は単純なだけに魔力を注ぐ行為をやめなければ永続され、強く注げばそれだけ大きな炎が出る。
普通の魔術師にとっては実用的では無い実験用の魔術だが、アルマにとっては扱いやすい魔術となった。
展開された魔法陣から炎の柱が渦となって飛び出し、腐った竜に襲い掛かる。さらに風の精霊魔法を同時に使い追い風を起こし、灼熱の炎を黒い巨体に纏わりつかせた。
風により酸素が運ばれてさらに強力になった炎は容赦無く竜の体を焼き尽くす。
入り口の門を閉めて来なかった事が幸いして、大広間は焼却炉の様な状態になり、煙は充満せずに勢いよく登り高い天井の割れた窓から外に向かって行く、側にいたリサにも被害は無かった。
「ひえー。凄い熱量だわ。流石にやったかな」
「もう、動かなくなったね。大丈夫かな……」
*
サミルは時間を稼ぐ為に音が大きく出る魔術や幻惑魔術でラズに対して混乱を誘おうとしていた。
〈センサリー・デプリヴェイション/虚無の幻影〉
しかしラズの魔術に対する抵抗力は異常に高く、一瞬だけ視覚を奪う事に成功しても僅かな時間稼ぎにしかならない。
「このジジイ! クソ生意気な事をしやがって、てめぇーから殺してやる!」
サミルとラズの攻防から少し離れてエレノアは水晶の使い方を探っていた。
初めに魔力を直接水晶に注ぎ込んでは見たが何も起こらない。
(何か他に方法がある筈……)
謁見の間の玉座の後ろは天井まで続く壁になっており、建国者と言われる女性の英雄と悪魔が戦っている姿が大きな壁画として描かれていた。
リストーニア人なら小さい頃から知っているおとぎ話の場面だ。
(この杖って……もしかして建国の時代から続く物?)
エレノアは注意深く建国の時代に作られた、朽ちた古い壁画の英雄の姿を見る。
魔術師だったと言われるその女性は、左手に持った杖を敵に向けて右手には魔法陣が描かれていた。
そこからエネルギーを表す波の形が左手の杖の水晶の部分に向けて放たれていた。
(もし描かれている杖が『蒼水晶の杖』だとしたら、左で杖を持っているのに、魔術は右手から発動して水晶に向けられている……つまり、水晶に魔術を浴びせることが出来る?)
エレノアは爆裂や炎といった高エネルギーの魔術とは別に、魔力を直接浴びせる攻撃魔術を選択して魔法陣を展開する。
〈ヴァイヴス・オブ・エナジー/無属性攻撃波〉
マナを大きく消費する上に属性効果が無い為にあまり使い所が無い魔法だったが、エレノアの習得している魔術の中では最も壁画のイメージに合うものだった。
右手から放たれた魔術は壁画を再現した様に水晶の中に吸い込まれていった。その直後に水晶の色は蒼さを増し光り輝く。
変化が起こったその水晶をよく見ると上3割程度に色がついており、その下は未だに透明のままになっていた。
(うまくいった様に見えるけど、まだ足りないの? 魔術を溜め込んで放つ魔導具なのかも……)
エレノアは試しにもう2回程同じ魔術を水晶に入れ込んでみると、球体は蒼い光を放ち薄暗い謁見の間を照らし出すのに十分な光量となっていた。
「ぐっ……」
サミルはラズに対して防戦一方になっており、これ以上一人で戦わせる事は出来そうもない。
魔術師があのような強敵の前でマナ切れでも起こしたら直ぐになぶり殺されてしまう。
『蒼水晶の杖』は木で出来た杖の部分も薄っすらと輝いていた。これはエレノアが魔術の触媒として普段使うときにも起こる現象だ。
この杖に先ほど送り込んだ魔術のエネルギーを放つというのが、本来この魔道具の使い方だったのだろう。
後は狙いを定めて放出するだけだが、素早く空中を飛び回る相手に多くのマナを消費して溜めたエネルギー波を外す訳にはいかない。
サミルは既に大きな傷を負って膝をついてしまい、まだ残っているマナを全て防御に使いラズの攻撃をどうにか凌いでいた。直ぐにでも治癒魔法を使わないと危険な状態に見える。
ラズは周辺が蒼く光っている事に気が付き、もう反撃して来ないサミルを無視してエレノアと少し距離を取った所に警戒して降り立った。
「エレノア。お前、小細工でも用意していたのかぁ?」
杖を向けて構えるエレノア。
魔術を発動する一瞬の隙でもラズは素早く飛び上がり攻撃を避けられてしまう可能性がある。
時間を稼いで隙を伺う必要があった。
「こっちにはね、あなたの様な毒婦にお似合いの取って置きがあるのよ!」
「おまえさぁ。戦ってみて、分からねーのか? てめえらみたいな雑魚じゃ、あたしには敵わねーんだよ」
「最後に教えてよ。あなた達の目的と王妃陛下や王族、残った国民はどうしたの?」
「はっ! 生意気な! 死ぬ前に教えてやるよ。あたしらはねぇ、こんなチンケな国にはもう用はねえ。全部終わっちまったのさ。残念だったなあぁ? 自分の非力さを恨んで死ね!」
「くっ……エレノア様!!」
ラズはエレノアに向かって飛び掛った。エレノアも杖を構えるがラズの不規則な動きになかなか狙いを合わせる事が出来ない。その時、青白く照らされていた謁見の間が巨大な炎の柱でオレンジ色に染め上げられ、その直後に強烈な熱風が辺りを襲った。翼を広げて低空飛行をしていたラズはその熱風に煽られてバランスを崩して床に転がる。
「な、なんだ! あの炎は!!」
「いまだ!」
エレノアは大きく隙を作ったラズに向かって、水晶から溜め込んだエネルギー波を放った。
真っ白い光線が放出されラズ防御魔術を突き抜けて胸に大穴を開けた。
「ぐああああぁ! エレノアァァ! ちくしょう!! くそがぁー!!」
心臓を貫いたにも関わらずラズは直ぐには絶命せず、少しの間苦しみながらエレノアに悪態をついたがついにピクリとも動かなくなった。
「サミル団長! 大丈夫ですか!」
エレノアはサミルに駆け寄り治癒魔術を施す。
「ありがとうございます……やりましたな。これだけの悪魔。ここをハレルに任されていたのでしょうか……」
「どうでしょう。他の部屋も確認して見なくては」
後方からはドラゴンゾンビを倒したリサとアルマがネイアを抱え、上昇気流で謁見の間に飛び上がって来た。
「エレノア! 大丈夫だった?」
「ええ、何とかなったわ」
「あ、この悪魔って、見た事ある様な……」
「ええ、強敵だった。多分、上位悪魔かな。私の訓練生時代の同僚だったのよ」
「そっか、いろんな所に悪魔が入り込んでいたからねぇ」
「まだ悪魔がいるかも知れないし、この先も気を付けていきましょう」
エレノアを先頭に5人は城の中を探索した。
しかし、もう悪魔の姿を見ることは無く、囚われている生存者も発見することが出来なかった。主な場所の確認が終わり地下階層へと向かう。
サミルの案内で王族以外が立ち入ることを許されていなかった地下遺跡を確認する。
地下に降りる階段には、以前は常に衛兵がいたものだが今は誰もいない。サミルはそこに置いてあったランプを取り、持っていた魔石を入れて光を灯す。
階段を降りると直ぐに遺跡の入り口まで来る事が出来た。
ケアネイの遺跡と同じ様な作りになっており魔術による鍵が掛けられていて、ここにも開閉起動の石の台座が設置されている。
「ここの鍵は、この杖だと思う」
エレノアは杖を台座に置いてそこに魔力を流し込んだ。ケアネイの時と同じ様に台座の文様が輝き、石門がゆっくりと開く。
一同が中に入るとそこは以前と同じ様に四角い部屋になっており、最奥には壁いっぱいの壁画が描かれていた。
それは、先程の戦いの中で見た謁見の間の壁画と同じで女性の英雄が悪魔と対峙する姿。
あまり外気に触れていなかった為かまだ薄っすらと色も残っており石に彫られた線も鮮明に見えた。
エレノアは自分の先祖の絵に対して魔力を注ぎ込む。
開かれた先の空間はケアネイで見た時と同じ様に五芒星の形で区切られ、図形の5つの頂点には台座がありその上には円形の魔道具が設置されていたが、一つ違いがあった。
それは中央に石櫃が置かれていないという事だった。
「やっぱり同じ様な封印の遺跡だと思うけど、石櫃が無いね」
「さっき、ラズが……上位悪魔が言っていたのだけど、もうこの場所に用は無いって……」
「封印が解かれたって事? 壊された形跡とかは無いけどねぇ」
「さすがに捕えて聞き出す余裕のある相手じゃなかったから……。分からないけど、ここは封印して置いたままが良さそうね」
封印の状態を元に戻して、地下層でもう一つ調べていない場所に進む。
エリッサの秘密の地下室まで来て淡い期待を込めて中に入る。
やはり誰も居ないその部屋は、エレノアがエリッサと別れた時点からまるで時が止まっているかの様に何も変わらずそのままになっていた。
「王妃陛下は何処に行ってしまわれたのでしょうか?」
「最後にエリッサ様をお見受けしたのは封印の強化魔術を施しに地下に降りて行かれる所でした。私は要人をケアネイ逃す為に別で動いていたもので……」
以前と変わらず質素な家具が置いてあるだけで、ここに王族がいたとは思えない。何も無い部屋で目に付くのは乱雑に置かれた魔道具と床に描かれた大きな魔法陣だった。
「サミル団長。王妃陛下はここで何の魔術儀式を行っていたのですか? やっぱり地下の封印を強化する様な物だったのでしょうか?」
「それは……我々の開発した魔術儀式は完成には程遠かったのです……」
「どういう事ですか?」
「エレノア様が受けた封印の魔術。必要であったからあの時は仕方なく施されましたが、あれは記憶障害が起こる物でした。それと同じ様に痣の成長を抑止する魔術も完成されたとは言い難い物でした……」
「それは、どの様な?」
「術者の身体に異常な負荷が掛かる術だったのです。私達はお辞めになって頂くように何度もお願いしたのですが、最も魔術に長けた者が行うべきとエリッサ様は毎日ここで魔術儀式を行ないました」
「えっ! そ、それは……私の首の痣の為……」
「この部屋がなぜここにあるか、お分かりになりますか?」
「それは私も不思議に思っていました。どうしてでしょうか?」
「この部屋の真上はエレノア様のお部屋だったのです。この魔法陣はあなたの寝台の位置に合わせて描かれた」
「な……」
「エリッサ様はエレノア様をお守りする為にこの部屋を作られた。そして負荷の掛かる魔術儀式をここで何度も行った……その跡が魔法陣の中央にある金色の器の魔導具です」
まだ輝きを失っていない金色の器の魔導具は、魔法陣の中央の木製の台座に置かれていた。
エレノアがその魔導具を手に取り中を見ると何か黒い液体が凝固した跡があった。それは長い時が経過した為か、所々ひび割れていた。
サミルは苦悶の表情を見せエレノアに再び話を始める。
「それは、エリッサ様の血なのです。術者の血が必要な未完成な術だった……」
「血を使うなんて……そ、そんな危険な魔術儀式を……」
「エリッサ様は、冷遇されてしまった双子の娘を本当に良く可愛がられていた。孤児院に預けることになっても、ずっと気を掛けていらっしゃった。毎日孤児院から報告を要求しておられたものです。娘の日々の成長を楽しみにされて……エレノア様。あなたがお生まれになってからずっとエリッサ様はあなたを見守って来られたのです」
「そ、そんな……わ、わたし……」
エレノアは魔法陣の上で両膝をついて、金色の魔道具を抱き抱えながら泣き崩れた。
傷付く事を恐れて家族の事など考えた事は無かった。
孤児院では母親の愛情など感じた事は無かったし、自分を捨てた親を憎んですらいた。
何処かで親子の話題が始まると自然とその場を去り自分には関係が無い事だと言い聞かせて平静を装って来た。
突然現れた肉親は長い間遠ざかっていたのに急に難題を託す、そんな不条理さに不満を抱くこともあった。
エレノアがこれまでの人生で積み上げて来た怒り。
今それが雪崩の様に崩壊し、後に残った空虚な心の中に新しく何か暖かいものが芽生えた。
「ああああぁ……お、おか……あ……さま……」
*
──既に日が暮れた頃。
掃討戦も終わりリストーニアの領内では城の前にある大広場において、冒険者や元兵士と蛮族達に食事と酒が配られていた。籠城戦も考慮して用意されていた十分な食料を使い、そのまま勝利の宴となる。
代表者達はそこから少し高台になっている場所で席を作り皆で食事をとっていた。
大広場では蛮族達が作ったのであろう大きな薪の木組みを燃やしており、その炎が辺りを照らして照明の変わりになっていた。皆が自然と炎の周りに集まり出す。
炎の前では今まで見た事が無い白い衣装に姿を変えたサグナとアグナが舞を踊っていた。
炎を挟んで2人が鏡の様に向き合い、一糸乱れずゆっくりとそして物静かに炎の周りを舞続け辺りは厳粛な雰囲気に包み込まれる。
その舞を今日初めて共に戦った冒険者と蛮族が酒を酌み交わしながら眺めていた。
「王女殿下、素晴らしい成果となりましたね」
「ええ、ミチさん。ありがとう。本当にみんなのお陰ですね」
「いつもケアネイの人達の踊りって誇張した振りとか多いと思っていたけど、サグナとアグナの踊りって何だかもの哀しい感じだね」
リサも双子の踊りから何か感じとるものがあった。
「今、あそこでサグナさんとアグナさんが踊っているのは弔いの舞といいます。本来は神殿で行われる儀式ですね。彼女達は戦士達の魂を預かった責として戦いの終わりにああやって舞うのだそうです。私はケアネイで何度もあの舞を見てきましたが、今日は2国が救われた日……少し前とは違うものに見えます」
エレノア、リサ、アルマは大広場で燃え盛る炎の前で舞い続ける双子が良く眺められる場所まで移動して来た。
開けた大広場に一陣の風が吹き、炎を揺らめかせた後に3人の間を吹き抜けていく。
少し離れた場所では食事の配給を手伝っていたアナが、多くの冒険者に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「リサ、アルマ…………私、まだ何と無くなのだけど決心がついた気がする」
「ん? 決心?」
「私まで受け継がれて来た大事な物を次に渡したい。私のところで随分と心許無くなってしまったけど……この国の為に出来る事をやりたいと思ったのよ」
「んー? なんだか良い女王になりそうな予感……」
「エレノアなら絶対に良い女王になりそう」
「ありがとう。リサ、アルマ。何をすれば良いのか見当も付かないけど勢いだけはあるわよ」
「あはは。まぁ、それが大事じゃない」
「リサはこれからどうするの?」
「そうだねぇー。これからもいろいろやる事あるなー。アルマ、また連れ回すからさ。頼むよ?」
「この世界に来てからずっとそんな感だね。もう慣れて来たけどさ」
珍しく笑顔でアルマは答えた。
「アルマはこの世界に来てどう思っているの? 不可能かも知れないけど戻りたいとは思わない?」
「いや、それは思わないよ。それにここへ来て悪い気はして無いし。もう帰る場所って言ってもね……」
「それじゃ、ここを帰る場所にしなよ。私等なら喜んで迎えるからさ」
「ええ、そうね、今更だけど。これから再出発するこの国で許される限り、あなたの場所を作ると約束する」
「改まって言われるとなんか……うん、ありがとう。何か恩返しをしないとね」
「「いや、それはこっちでしょ!」」
3人の他愛ない話しは夜通し続き、それと呼応するように双子の舞は炎が燃え続くまで続けられた。
最初のコメントを投稿しよう!