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異世界の都市
女性の手を掴んで荷車に乗り込んだ途端、急発進をした為に尻餅をついた。
後ろ側のアオリ部分に身体を押しつけられながら加速は続く。
乗り込んだ荷車の中には2人の男女がこちらを確かめる様に凝視していた。
1人は先ほど乗り込む時に手を掴んだ女性。優美な魔法使いの女性という感じで、外套から顔を出し目が合うとニコリとやわらかい笑顔を見せた。
もう一人は子供のように背が低いが、顔つきは大人の男で訝しげにこちら見ている。汚れた革鎧を着て腰には刃物など様々な装備を付けていた。
(ついに死後の世界の人達とファーストコンタクト──って、妖精もいたし、もしかしてと思ったけど、こういう世界なの? それに目の前の人達は……まぁ、用心するよね。誰だか分からない幽霊な訳だし、そりゃ、怖いでしょうよ……)
荷車の中は広く、大人が立ち上がっても天井にはまだ余裕がある程の高さがあった。
床には疎らに荷物が積んであり、その脇に等身サイズの異様な人形が4体ほど丁寧に並べられていた。
(向こう側の人だと言葉が違う事もあるから一応『念話』で話すわね。後ろを見てちょうだい。向こうからゴーレムがこちらに走って向かって来ているのが見えるわね。この荷車を引いている竜2匹はもう限界で速度を保てない。つまり直ぐに何か手を打たないと、追いつかれる状態なの)
頭の中で響く声の言うまま後ろを確認して見ると、いかにも石で出来ているのであろう1体の巨大なゴーレムが手足の可動範囲が人間と違う為か、ぎこちないランニングフォームでこちらに向かって走っていた。
これが件の追っ手という訳だ。
(うわー! あんなものが激突したら大変だよ。こっちは大事故に遭ったばかりだというのに……)
一向に速度が落ちる様子が無いゴーレムと息が荒くなっている竜2匹。
少しずつ速度が落ちている様にも感じられ、この女性が言う通りどうにかしなくていけないのだろう。
(なぜ追われているのか知りたいけれど、とりあえず今はこの状況をなんとかしないといけないか……あの人形を使えばどうにかなるの?)
荷車の中に目を向けると、2人が人形の1体を丁寧に持ち上げて移動させていた。
ショーウィンドウのマネキンの様な人形は、革製の鎧を装備させられている。
顔はある程度の造形が施されており、口に穴が空いていて上下唇のような凹凸があった。
(あれを使って会話するってこと?)
人形が置かれた中心には大きな布が敷いてあり雑だが魔法陣が描かれていた。
(この世界の魔法陣!? ……あれ……これは、私が知っている物に似ている? もしかしたら読み解けるかも……)
(さあ、この人形に憑依してもらうわよ。戦闘用で『火の精霊属性』が与えられているし、スキルで『言語』もある。この人形に重なり合うように寝てちょうだい。いまから憑依する魔術を施すわ)
この魔法陣を実際に使うところが見られるという感動と、憑依という何が起こるか分からない不安で頭の中が整理出来て無い状況だ。
(時間が無い。こちらは何か情報が欲しい。そしてあれに追いつかれたら、みんな死んじゃうかも……ううぅ、もういいや! この人達の言う通りするか)
咲世は指示された通り人形の上に重なるよう仰向けになって寝てみせた。
女の魔術師が空中に指先で何かを描くと周辺に幾つか光の球が現れた。咲世と人形が徐々に光りに包まれていく。
この世界に来た時の交通事故の体験に似ているが今度は意識がハッキリしている。
何が起こるのか見回していると少しずつ目線が移動していく事に気が付いた。そして手足の感覚が幽霊の時よりも強くなっていきフワフワだった身体が久しぶりに自重を感じる。
重さを感じるようになった身体の具合を確かめて身を起こしてみると、先ほど横たわっていた人形が見事に自分の身体のように動いていた。
「どうやら、上手いったようね。聞こえる?」
女性魔術師の発する言葉が理解して聞こえる。
久しぶりに物に触れる感触や音の振動など様々な情報が大量に入って来ているが、どうも人間の身体とは大きく違い違和感がある。
柔軟性の無い関節や身体を動かす上で重心や細かい部位の違いがあり、まるで鎧を着ているようで、常に揺れているこの場所では立つ事が難しい。
それから先程から大声を出している男が何を言っているかも理解出来るようになっていた。
「まずい! 早くしないと追いつかれそうだぞ!」
「あなた慣れていないようだけど、もしかして人形に憑依するのは初めてなの?」
「えっ? あ、はい、もう何がなんだか訳が分からない状態で……」
(あれ、しゃべれた。思わず口にしてしまったが、声が出た!)
「分かった、とにかく細かいことは後にしましょう。今のあなたは火の精霊魔法が使えるから、後ろから迫ってくるゴーレムに対してそれを使って攻撃して欲しいの」
「えっと、どうやったら良いのか分からないのだけど……」
「魂に刻まれた力『スキル』を実行するのと同じで、この人形には精霊の力がある。掌にでも炎の玉が出るように集中して念じれば良いよ。それが出てきたら次は投げつけるような動作と一緒に、敵に向かって飛んでく様に念じればいいの。出来る?」
(なるほど、魔法というから複雑な手順があると思ったが、想像するだけで攻撃出来るなんて簡単なものなんだな……)
「走っている足を攻撃するのもいい、足場を悪くして転倒させてもいい、とにかく距離を詰められたら不味いんだ。頼むぞ」
小柄な男が後ろから近づいてくるゴーレムを睨みながら言う。
彼も背中に背負っていた弓を構えて、攻撃する準備をしていた。
咲世は念じれば良いと言う言葉を信じて、手の平を上に向けて炎を思い浮かべ念じてみると、拳程の大きさの炎が「ブワッ」という音と共に出現した。
(やった、成功した。これは中二病の奴だったら、さぞかしノリノリで口上を垂れそうだ)
手の上に現れた炎はドンドン大きくなって気が付くと、木製の天井を焦がしていた。
巨大な球状の炎はそれでもまだ成長を続けており、そろそろどうにかしないと自身である人形も焦げてしまいそうだ。
「な、なんてことだ! でかすぎる、早く外に投げろ! 車内で爆発したら全滅するぞ!」
(え、何これ爆発するの? 早く言ってよねー!)
さっきまで怪訝そうにこちらを見ていた男が、今は後退り顔を歪めた。
「それを、直ぐにゴーレムに投げて!」
女性の魔術師も叫び声を上げて身構えている。
確かにこれ以上時間が経つと、巨大な炎の玉が外に出せ無くなる程に成長していた。
危険を避ける為に後側アオリのギリギリまで移動して、咲世は炎の玉を自身である人形に触れないように振りかぶった。
(あたれ!)
いわゆる女の子投げでアオリと天井ギリギリを通り、巨大な炎の塊は外に投げ出された。
投球としては全く届かない様に見えたが、空中にふわりと投げ出された炎はまるで生き物のように蛇行をきって走っているゴーレムに対して正面から猛スピードでぶつかった。
「やった! あたったー!」
炎の玉は標的に接触した後に大爆発を起こし、凄まじい轟音と少し遅れて衝撃波が荷車を襲った。
ゴーレムの石の身体は頭も四肢もバラバラに吹き飛ばされた。
舞い上がった土煙が晴れると爆心地付近には残骸となった石が数個残っているだけだった。周辺の木々は無残にも折れ曲がりその威力の凄まじさを物語っている。
荷車を引いていた竜2匹は、爆発の衝撃で走りを止めて座り込んでしまった。
ゴーレムの破壊を確認して振り向くと、御者と荷車の中の2人は引き攣った顔をして固まっていた。
「あの……。ごめんなさい。加減が分からなくて」
「な、な、なんて、威力なのよ……」
「信じられん。どれだけの魔法威力があったら、あんな爆発が起こるんだ」
「…………」
2人は一言だけいうと、まじまじと石の残骸となったゴーレムを確認した。
先程から御者の女性は何も言わずにこちらを見ているだけだ。
「まだ、追っ手が来るかもしれない、さっさと移動しよう」
小柄な男が御者の女性に向かって言うと、束の間の休憩をしていた2匹の竜を今度はゆっくりと走らせた。
「はぁ……まぁ、とりあえず助かったわ。ありがとう」
女性の魔術師が緊張から解放された為か、荷車にへたり込み話しかけてきた。
「あなたには聞きたいことが沢山あるわ。なぜ霊体でこんな森にいたのか、そもそも向こう側の人でしょ? 魔力は桁外れだったけど、さすがにマナ切れが起きるんじゃ無い?」
(質問したいのはこっちだよ……。そもそも向こう側って日本の事? 自分は他の世界から来たと正直に伝えた方がいいのかな。一応この人達を助けた立場だし、とりあえずこの世界の事を色々と教えて貰おうか……)
咲世は友好的に情報交換出来る事を祈りつつ自分が元の世界で事故に遭った後に気が付いたら森にいたこと、向こう側の自分は恐らく死んだと言う事を正直に伝えてみた。
「ふむ、そうすると転生者という事になるのか。カーノルディンの貴族にも転生者が生まれたと聞いたことがある」
「でも、霊体に転生するなんておかしいじゃない。普通は母親から生まれてくるものでしょ?」
(私の存在について一番納得いってないのは私だけどね……。それにしても転生者ってことは別世界から来た人が他にもいるってことなのか?)
「転生者はギフトと呼ばれている何らかのユニークスキルを持っていると聞く。さっきの精霊魔法はそういう類いじゃないのか」
「そうかもしれないねー。あんな魔法威力は初めて見たわ」
荷車の中にいる2人からは咲世の非常識な所と、この世界の常識を少し説明してくれた。
まず、幽霊という状態はこの世界では有り得るという事。
この世界とは別に平行世界と呼ばれる所があり、ここと同じように様々な種族が住んでいる世界がある。そこから魔術儀式を通して霊体を召喚して戦闘して貰うことや、逆にこちら側から召喚に答える事もできる。
魔術儀式を通して霊体だけが世界を行き来させる事が出来るらしい。
そして咲世が憑依をしているこの人形は、まさにその霊体を召喚し憑依させる為の物であった。
「その霊体の召喚って、私みたいな幽霊が他にいるって事?」
「ちょっと違うかな。私達のような肉体がある存在が、魔術儀式で一時的に霊体化する事で出来るって感じ」
そして非常識な所として霊体で存在し続けるにはマナを使い続けることになるらしく、何かに憑依しなければその姿を維持できなくなり、マナ切れになると直ぐに元の世界に戻ってしまう。
何故かは分かっていないようだが、平行世界に渡る事でマナ消費量は抑えられ、さらに憑依人形にも霊体のマナ消費を抑える効果がある。
この条件を満たすことで長時間戦う事が出来るようになる。
ちなみに平行世界を渡らずに人形に憑依すると、マナの消費が激しく戦闘では使い物にならないとのこと。
(つい先程まで丸1日以上はこの霊体だったし、マナとか何も感じなかったな……やはり私はこの世界の非常識という事になるのか?)
先程のゴーレムを倒すことに成功した魔法については、人形に憑依することが出来れば誰でも火の魔法を使うことが出来るのだが、普通は炎の玉を錬成すると拳大が精一杯の大きさで、それと比べると大き過ぎる炎の玉が出来た事になる。
「そういえば、恩人に自己紹介をしてなかったね。わたしはリサ。あっちの小さい男はダリオ、種族はハーフリングでレンジャー。御者をしているのはエレノア。彼女も魔術師なんだけど訳があって口がきけないの……まぁ、念話は出来るから気にしないで。私たちは冒険者でね、今はこの積み荷を運ぶ依頼の最中ってところね。えっとー、あなたはなんて呼べばいい?」
(そうか名前か! これは前世の名前を名乗るべきだろうか。でも、これって生まれ変わったっていうことだよね。それならこの世界に合った名前の方が良いかなぁ……気になっていたんだけど妖精達に大樹とかアルマとか言われたんだよね。あれは、なんだったのか──まぁ、いいや。ここは一つ格好付けて妖精達が呼んでいた名を借りるとするか……)
「ア、アルマと呼んでください」
「私たちは自由な身分だからさ、敬語は無くていいのよ。アルマね、分かったわ。よろしくー」
「ところで行く当てなんて無いでしょう? 約束通り報酬を渡そうと思っていたけど、私たちは荷物を運んでいる途中だし、出来れば依頼主から渡される報酬を分けるってことにしたいんだけど。どう一緒に来ない?」
(この世界の事をもっと知る必要がある。この人達に付いていって情報を集める事ことが最善かな……)
「分かった。この世界の事をもっと知りたいし、一緒に行くよ」
咲世ことアルマは冒険者と名乗る者達と行動を共にすることにした。
アルマはこの世界を少しでも理解しようと道中いろいろと話聞いて見ることにした。
これから向かう目的地の城塞都市コントリバリーは、多種族が暮らす都市で、王制では無く種族長と組合長が議会をもって統治している国家らしい。
暮らしている種族は、人、エルフ、ドワーフ、ハーフリング等と基本的には人か亜人と呼ばれるような種族だけとの事だった。
そして今回の依頼主とはその組合の一つである冒険者組合からのものだった。
冒険者とは組合に所属して、そこから発注される依頼をこなし生計を立てる者をいう。
この辺りの人が住んでいる国家には基本的に存在してあり、国の枠組みを超えた機関になっている。
仕事内容は様々あるが、国の兵士が対応出来ないような都市外の事案では危険が伴う魔物や魔獣を討伐する依頼もある。
その中でリサ達は上級冒険者という練れ者で、さらに偵察等の依頼については評価が高く特別階級という称号をもっているそうだ。
「そういえば、この人形って戦闘用なんだよね、依頼主はなぜこれを?」
「最近きな臭くてね。そもそもの始まりは2年前に私達が拠点にしていた国が悪魔に滅ぼされたのよ。それでコントリバリー、今向かっている都市に逃げて来たのだけど、そこも標的にされるかもって話でね。それで戦の準備をしているわけ」
「周到に国を奪った抜かり無い奴らだ。俺たちは様々な調査をする中で奴らから国を取り戻す方法を探している」
今まで笑顔だったリサだが、険しい表情に変わり溜息交じりに話をした。
「そういう事。悔しいけど正面から仕掛けるのは難しいのよ」
リサ達は悪魔に滅ぼされた国『リストーニア』で冒険者家業をしていたが、その襲撃時に難民を護衛しながら逃げて来たそうだ。
悪魔は人間を操り敵味方が判別出来ない大混乱の中で、あっという間に国を占拠した。兵士や冒険者も応戦したが歯が立たなく、沢山の国民が殺され国が奪われたそうだ。
「まぁ、連中は今のところリストーニアから出て来てないんだよね。悪魔が人間の国を奪ってどうしたいのか……何が目的なのか良く分かってないのよ」
「うむ。いずれやつらの目的を掴み、それを阻止するつもりだ」
(とりあえず、あまり安全な世界では無いことは理解出来たけど──。やっぱりこういう世界って自分の身は自分で守らねばならないだろうか)
「私、この人形が無かったら言葉も分からなくなって、炎も出せなくなるんだよね?」
「まぁ、その通りでしょうね。街に着いたら代わりの人形を探すか、もしくはずっと霊体でいるとか?」
「霊体のままはさすがに不味くないか? 一般人は殆ど霊体を見たことが無いだろう。混乱を招くぞ?」
「まぁ、そうなるかぁ。じゃあ、人形は用意しなければいけないわね」
街にさえ行けば、買ったり借りたりは出来るかもしれないとのこと。
幽霊のままでは不便な事が多い。しかし人形を用意するというのはお金が必要になる筈だが、今回の報酬で手に入るのだろうか。
(今後お金が必要になってきそうだけど、幽霊が出来る仕事ってあるんだろうか……)
移動中話をしていると、日が暮れて来たので一行は野営の準備に入った。
(そういえばこの身体になってから、お腹も減らないし眠くならない。便利ではあるけどこれからは食べる楽しみが無くなるかもしれないのは何だか寂しい。人間に戻るって有り得るのかな……)
野営では質素ではあるが3人は暖かいイモの料理を食べていた。
アルマは皆と同じく焚き火を囲み、これからどうするべきか相談をすることにした。
「やっぱり幽霊のままじゃ、声も出せないし。人間がいる街で生活するなら人形に憑依しないとダメだよね?」
「まぁ、前にも言ったとおり人形がうろうろしても目立っちゃうけどねぇ。普通は街の周辺で戦闘が起こった時しかいないから」
人形でいることが少々不自然だとしても、当面の目標は自分専用の人形を手に入れることになりそうだ。ひとまず今使っている人形は目的地まで貸して貰えることになった。
この世界に来てから一度も眠くならないアルマは一晩を通して見張り役を申し出た。
それを聞いた3人は疲れていた様で、ぐったりとそのまま焚き火の近くで寝てしまった。
次の朝早く移動を開始して、日が登る頃には遠くに城壁が見えてきた。
「あれが目的地のコントリバリーよ」
「アルマ、入り口では衛兵がいるし説明が面倒だ。積荷のフリをしてくれ」
ダリオが片手で頭を下げる合図をしている。
「わかった、後ろで寝ていればいいのね」
やがて巨大な城壁が目の前に迫って来た。
ギリギリまで見学していたかったので身を起こしていたが、入口の検問所らしい建物が迫って来たので人形の振りをする。
衛兵はリサ達の顔馴染だったらしく、不機嫌そうな中年の男が荷をちらりと見てすぐ検問は終了した。いよいよ街の中に入る。
城壁の入り口を通ると壁は3重に設けられていた。
最後の門を抜けて街の中に入ると大通には市場が開かれていた。
そこは沢山の人々で賑わっており店先には色取り豊かな野菜や果物、それに雑貨類が並べられていた。
通りは石畳で舗装された立派なもので、街の中には川が流れて水が豊富な事が分かる。目を引くのは道行く人々。聞いていた通り多種族が生活しているようだ。
綺麗なエルフには目を奪われるし、建築や土木の作業しているドワーフは何度も見かけた。それから予想通りこの世界は魔法が日常的に使われている。
先ほどの建築現場には作業者の他に魔術師がいて、大きい木材等を浮かせて運ぶ姿があった。
それから室内が明るく照らされている場所を見かけた。これは魔法的な照明らしく魔石を動力として動いているらしい。
この世界の人々は発展の過程が違うだけで、豊かな生活をしているのかもしれない。
「アルマ、あなたが今使っている人形は依頼主に渡す物だから他を用意しないとね」
「そうだよね。どうすればいいの?」
リサが言うには街の入り口から反対の区画には小さな森があって、エルフの居住区になっている。その中で人形を扱っている店があるらしく、程度の悪い物なら借りられるかもしれないとの事だった。
「お金とか無いけど、大丈夫かな?」
「これから報酬を渡すし、そこから出せば良いよ。ひとまず私が貸しておくから」
竜2匹が引く馬車でエルフの居住区へ向かう。
そこは街の城壁内だというのに木々が生い茂る森になっており、他と比べると異質な空間になっていた。その居住区の並びから小道に入った所で一軒の店がポツンと建っており、馬車はその前で止まった。
「ここの店の主人を知っているのよ。まぁ、けちなエルフだけどね」
リサだけ店の中に入る。
アルマはイレギュラーな存在が話をややこしくしない為に待機することになった。
暫くするとリサが人形を肩に抱えて店から出てきた。
「最近は戦闘が多いから人形はどれも出払っているんだってさ。でもこれなら良いって」
エレノアがリサの手助けをして、抱えていた人形を荷車の中に運び入れた。ドサリと中に投げ込まれた人形は見るからにボロボロで、左手が欠損して体中傷だらけで腰には大穴が空いていた。
「大分戦闘でやられた個体で廃棄予定だったみたいだけど、譲ってくれるって。金はいらないってさ」
「ふむ。風属性の個体か……千里眼もあるようだし。一応スキルは使えそうだな」
ダリオが人形の身体を起こし、後頭部に書いてある文字を確認して呟いた。
通常は個体にダメージを負うとマナを消耗する。
これだけ破損していれば憑依してもマナの消耗が激しいので使い物にならないのだが、リサはアルマが元々霊体なので問題無いと思い、試すつもりで借りてきたらしい。
「とりあえずだけど、その人形から離脱してこっちの人形を使おうか。壊れているけど、まぁ、あなたなら大丈夫じゃない?」
「う、うん……まぁ、これしか無いならやってみよう」
離脱は念じれば出来るのだろうか──そう思い、強くこの身体から離れたいと念じると、中腰だった人形がドサリと前に倒れ、抜け殻から出て来る様に透けた身体が現れた。
(おお、離脱できた! それなら憑依もやってみるか……)
今度は隻腕の人形の上に仰向けになって重なり、離脱とは逆に中に入るイメージをして念じてみる。魔術を行った時と同じようにスルリと憑依することが出来た。
片腕だけ感覚がないが、その他はいままでと変わらない感じだ。
「うっ、嘘でしょ! あんたはいろいろと常識外れだと思っていたけど……」
また非常識があったのか、3人が固まっている。
リサがいうには離脱は自身の意思かマナ切れになれば自然に起こるが、憑依は魔術儀式が無いと出来ないらしい。
「まったく……こ、これからは疲れるから、あんまり驚かないことにするよ……あ、それと、その人形ボロボロだけど千里眼と風の精霊の力がまだ残っているらしいから、試して見たらどう?」
「千里眼って事は、遠くを見ようと念じれば良いのよね」
念じてみるとスキルは直ぐに発動された。
これは非常に便利なスキルだった。
望遠鏡を見ているように拡大して見え、時間を掛ける事でより遠くまで見える。
(のぞき放題のスキルではないか……)
「風の精霊魔法は、ほんの少しマナを注いで弱い風を出すだけにしなよ。街中だしさ、あんたの場合は何が起こるか分からないからね」
「風だよね、やってみる。じゃあ、ちょっとだけっと……」
そよ風をイメージして、少しだけ念を込めた右腕を横に振った。
すると前方10メートル程先に突風が起こり、周辺の木々が激しく揺れると地面に積まれてある建築資材が音を出して次々と崩れていった。
「あーあー、やると思ったよー」
「お、おいアルマ。その人形には言語のスキルが無いようだが、言葉が分かるのか?」
「え、そうなの? 会話は理解出来るし……それに憑依してから思っていたんだけど、前の人形の感覚が残っているんだよね……」
アルマは右掌に小さな炎を出し、それを突風で手品師の様にかき消して見せた。
「なんとなく感覚が残っていて、人形から離脱しても使えるような気がしてたんだよ」
リサは顎に手をあてて怪訝そうにしていたが、何かに思い当たり話しはじめた。
「以前、私の魔術の先生に聞いたことがあるんだけど。呪術師が自分自身に精霊を召喚して一時的に能力を高める魔術儀式があるのよ。それというのは、召喚した精霊と術者の魂の接触によって起こる現象なの。アルマは元々存在が霊体だとすると、もしかしたら魂が直接人形のスキルと干渉してしまう。その影響を受けて、離脱してもスキルが使える様になるのかもしれない。まぁ、一時的な現象だから時間が経つと使えなくなるのが普通だけど」
「そっか、一時的か……うーん、『言語』は無いと困るなぁ」
「俺は思うが、アルマは普通の存在じゃない。肉体を持つ者が自身に精霊を召喚して力に影響を受けるのだから、霊体や魂が直接干渉するのはもっと影響が大きいかもしれないぞ? 見習いの頃に向こうの世界に召喚された時だが、あっちで魔法攻撃用の人形に憑依した。風属性の精霊魔法を使って戦闘した後、マナ切れでこっちに戻って来てから少しだけ風を起こすことが出来た。もちろんマナが無いからそよ風を起こしても眩暈がしたがな」
「へぇ……まぁ、もし言語が使えなくなったら念話もあるし、なんとかなるでしょ。後はアルマが言語の魔術を習得して貰うしかないわね」
「そっか、分かった。とりあえず会話する手段があるなら、何とかなるかな」
一行は木材を片付けた後、ようやく本来の目的地に辿り着いた。
「着いたよ、ここが冒険者組合ホールね」
そこには『冒険者組合ホール』と看板が立てかけられていた。
スキルのおかげだろう、文字の意味が頭に入ってくる。
「さあ、中に入りましょう」
中に入るとホールは左右に区分けされていて、左側は居酒屋食堂という感じで右側は役所っぽい受付窓口に女性が座っている。
一行の姿を見て中にいる者達は一斉に憑依人形を見た。
(まあ、そりゃ目立つか……人形ですもの。怪しいでしょうね)
リサはまっすぐ受付嬢の前にいって何か話しをするとカウンター脇のドアからこちら側に出て来た。
「組合長は来客中ですが、リサさん達が来たら通すように言われていますのでご案内します。こちらへ」
そういわれてホール2階の部屋に案内された。
冒険者組合長の部屋に通されると、中年の男性2人が向かい合って何かを夢中で話していた。
「組合長、失礼します。リサさん達を連れ来ました」
「おお、そうか。ありがとう。ご苦労様」
「ロンバルド様もいらしたのですね。ご無沙汰しております」
リサが礼儀正しく挨拶をした。
「リサ、久しぶりだな。エレノアもご苦労だった」
長い髭の威風ある魔術師がゆっくりと手を上げて挨拶をした。
「話し中のところ失礼します。今日はオルビス組合長に偵察依頼の報告に来ました」
「うむ、我らもあの遺跡について話していたところだ。オルビス、私も話を聞いて構わないな?」
「もちろん。あなたにも聞いてもらった方が良い」
先ずリサは人形の輸送について話を始めた。
あの人形はアルマが彷徨っていた『エルファの森』の中にあるエルフの里に精霊の力やスキルを付与することを依頼していたもので、その回収を無事完了した事を報告した。
そして、もう一つは森にある遺跡の調査報告だった。
そこは精霊の聖域となっており、人やその他の種族が近寄ることを精霊達が許さない場所なのだそうだ。しかし最近その付近で魔族の目撃情報があり、それを確かめる依頼をリサ達は請け負っていた。
実際にその場所で精霊では無い人影を確認し、その仲間と思われる巡邏していたゴーレムとその主であろう悪魔に見つかり、急遽撤退したとリサ達は報告した。
「そして、ここにいるアルマに森で偶然に出会い、私達はゴーレムを退けることが出来たのです」
リサはゴーレムとの戦闘のことや、本来なら有り得ない霊体の存在であること。
また、転生者であり魔力が異常に強い等これまでの事を細かく報告した。
「元から霊体でマナに縛られる事も無いのか……これまでに例の無い特異な存在だな」
魔術師組合長ロンバルドが霊体についてリサ達より詳しく教えてくれた。
この世界で平行世界の行き来をする為には、エルフ独自の自然の力を使った魔術によって送ったり迎えたりする。
戦闘が行われて仮に人形が壊されたとしても憑依した者は死なず、人形を失うだけなので戦の前線や威力偵察などに使われたりするらしい。
そして体験は夢の中の出来事の様だが、ハッキリと記憶に残る。
これを利用して、実戦経験の少ない見習いの冒険者や兵士を訓練目的として送ることがあるそうだ。
「しかし、元々が霊体の存在か……うーむ、もしかすると……」
長々とした説明を終えると、ロンバルドは何やらブツブツと独り言を呟き、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
それを待つことも無く、冒険者組合長オルビスがもう一つの話題について質問をした。
「遺跡付近でゴーレム2体と接触した。その主は悪魔だったということかね?」
「ええ、その主は少女の姿でしたけどね。ゴーレムを操るなんて悪魔に違いないと思う。それから、遺跡にはもう少し近づかないと詳細が掴めないですね。岩場からでは影しか見えなかったが、恐らく祭壇に向かって何か儀式をしていたように見えた」
少し後ろいたダリオが冒険者組合長に説明した。
「北のリストーニアを滅ぼした魔族はアンデッドを従えていたというが、もしかするとネクロマンサーの儀式かもしれないな。だとすれば、あそこを聖域として守護していた精霊達は滅ぼされてしまったということか」
「森のエルフ達は精霊が滅ぼされたというのは否定していましたね。それは森の死を意味するので有り得ないと」
「うーむ、そうなるとなぜ魔族共の進入を許しているのか……」
「残念ながら今回はそこまでの確認は出来ませんでしたね」
「ふむ、いずれまた調査を依頼することになるかもしれんな。報告ご苦労だった。報酬は用意している」
ひとまず用事が済んだ4人が部屋から出ようとした時、後ろから声を掛けられた。
「リサ、それからアルマと言ったね。この後、一緒に魔術師組合に来てくれないか? 霊体で存在出来る君に相談したい事があるのだよ」
「分かりました。アルマ、大丈夫よね?」
(また何か頼まれるのか……この人は霊体で随分と食い付いたけど、変な実験とかされたりしないよね……まぁ、でも、いろいろ詳しそうな人だし、この世界における自分の存在を知るのに良い機会かも……)
アルマは潔く首肯で答えて魔術師組合に向かうことにした。
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