第三話、ラストなの、と「赤ちゃんを、返してくださるかしら」

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その五  明け方、太陽の光が町に射すころ、植田の交番に二人の男が駆けこんできた。  二人とも顔面蒼白で息も絶えだえに、応対した若い警察官にすがるように土下座する。    怨霊に憑り殺されそうになったから保護してくれ、と懇願してきたのだ。  無残にも小柄な男は、片手の指が五本とも複雑骨折をしていた。  幽霊って関節攻撃(サブミッション)なんてするの?  応対した若い警官は首を傾げる。  しかも女幽霊は子持ちであり、大量のキムチを置いていったと訴える。  ちょ、ちょっと待って。  子持ちはいいとしてだ、キムチ?  なぜ怨霊がキムチなのよ。  応対した若い警官は首を傾げる。  気絶するほど猛烈な臭いはあの世から持ってきたに違いない、コワくて捨てられないから、警察で何とかしてくれないかとも付け加える。  応対した若い警察官は、二人が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。  そこでふと宙を仰いだ。  そういえば昨日の夕暮れ時に、犬を散歩させていた小学生の男の子が、泣きながら駆け込んできたことを思い出したのだ。  男二人が怨霊に襲われたというコーポの二階で、血に染まった白い着物を着た大きな女の幽霊が、男女の若者を相次いで首を締めながら部屋に引きずり込んでいくところを反対側の道路から見た、と訴えに来たことを。  その時は笑いながら、見間違いじゃないかと諭したのだ。  だが今も必死の形相で訴える二人に只事ではないと判断し、念のために愛知県警本部に報告するのであった。    すると驚いたことに、この男たちは、全国指名手配になっているテロリスト集団の一味であることが判明したのだ。  公安関係の刑事たちが召集をかけられ、普段は静かな植田の交番はてんやわんやになった。  その後二人がすべてを自供したことにより、日本を転覆させようと目論んでいた凶悪なテロ組織、『常夏の島』が壊滅していくことになるのである。  つばめと白菜キムチが日本を魔手から守ったことを、むろん誰も知らない。 ~~**~~  ああ、気持ちのいい朝ですわね。  昨夜の雷さまが大暴れなんて、ウソみたいなお日和(ひより)です。  日曜日の朝は寝だめをするかたもいらっしゃるようですが、わたくしは感心いたしません。  お休みの日こそ、朝から活動しなくっちゃ。  お掃除にお洗濯。  こうみえても、つばめは家事全般なんでもござれ、ですのよ。  でも驚きましたわ。  昨晩はやはり着物のキムチ汁が気になりまして、朝一番からお洗濯しましたの。  洗濯機は廊下ではなく、バスルームに置いてございます。  漂白剤がちょうど切れていたため、代わりにママの開発した万能薬の錠剤をひとつだけ試しに入れてみました 。  回転するお水と経帷子。  すると徐々に赤く染まった漬け汁が、お着物から浮き出てきたのです。  これは大発見だわ!  わたくしは錠剤をさらに十粒ほど放り込んで、仕上がりを楽しみにしておりましたの。  お洗濯終了のブザーが鳴りましたゆえ、洗濯機のフタを開けます。  あら?  経帷子がないわ。  なぜ?  どこへ消えたの?  洗濯機のイリュージョン?  しばらく思案のうちに、わたくしは、なるほどと大きく手を打ちましたの。  どうやら錠剤を入れ過ぎて、お着物の繊維が分解されてお水に溶けてしまったんだわ。  ですから排水時に、見事綺麗に洗濯ドラムからお水と一緒に流れてしまったわけですわね。    明智小五郎先生のような名推理でございます。  これはママのお薬がとても強力であった、ってことですわ。  さすが万能薬、さすがママです。  あら?  赤ちゃんはいづこ?  いた、いた。  玄関ドアをさかんに引っ掻かいている。  お散歩に行きたいのね。  でもおねえさまは忙しいから、後でね。  泣いてもダメ。  わたくしは躾にはうるそうございますのよ。  仕方ないわねえ。  こうなったら少し辛抱していてね。  わたくしはキッチンに置いてあるビニール紐を取り出し、素早く赤ちゃんの両手両足を縛り上げます。  ママから教わった、亀甲縛りを応用いたしましょう。  まあ、それでも全身を動かして這い回るのね。  それでは、とわたくしは赤ちゃんを持ち上げて逆さにした状態で、鴨居からさらに紐でぶら下げます。  これでどうかしら?  そうそう、ブランコよ。  楽しい?  ではわたくしは朝食の準備に入ります。  もちろん今朝も栄養たっぷりの、お野菜のスムージー。  生ニンニク、生ニラ、納豆にラッキョウ。  そうだわ、今日は冷やしてある絞ったタマネギジュースもアクセントに入れましょう。  今日も一日、つばめは元気にまいります!                              了
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